長いひとりごと2

前は要するにこのまま死ぬの嫌だなって言った。それを急に投稿した自分が意外だったのでまだぼんやり考えている。今iPhoneで暗闇で書いてて内容を確かめない上に記憶があやふやのままネタバレもするんだけど、『ある一生』っていう、ドイツかどこかの山暮らしの男が生まれてから死ぬまでのことを書いた小説があった。彼は彼にとって明らかに受け入れ難いような辛いことが起きても狼狽する様子を見せず、全部時間に呑み込ませて生きていった。朴訥な男だからペラペラしゃべったり内省を深めたりしない。年を取ると近所との関わりを断ち小さい家にこもるようになり、最終的には酒を飲み机に突っ伏して死んでいるのを郵便局員に見つかって終わる。彼は身体に合わせて世界の範囲を調節しながら彼として十分に生きたんだろう。なんかそう思える話だった。これを読んだ私は、ペラペラしゃべりまくるし内省すらTwitterなどに書き込んで人に見られようとしてしまう(今も!)浅はかな人間である私には彼のようにはなれないと思った。身体の様子に合わせてできることを決めていくっていうのかっこいいけど、年を取って抗えないものが増えるなら、前向きに言っても勇退以外の選択肢はなくなっていくんじゃないか。嫌だな。地道にやるしかないのに、できないことが増えていく人生なんて。こんなことぐちぐち言わずにできることをやっている人って、全員あの男みたいに受け入れてるんだろうか。私は受け入れられないのでせめて162cmじゃなくて50000cmの巨体になりたい。

長いひとりごと

疲れた。何か対人関係とか就職の悩みに向き合うのが疲れたのじゃなく、ただ人間として疲れた。日記をずっと他人に見せるつもりで書いていると気づくけど、私の内容は限られている。行動できる範囲が狭いのは今なら仕方ないとしても、気分だってこういう波が寄せては返すというのが分かりきっているし、何かに対して湧く感想も、お前ならそうだろうなと自分に対して思うだけ。きわめて退屈だ。しかも問題として、何もしてないからこうなったんじゃない。私は、よい人間になりたくていくつか新しい習慣を作ろうとしてて、好きな勉強は続いてて、他者との交流もできることをやらせてもらっている。いつも朝には前向きになって夜には後ろ向きになるけど、合計したらまあまあ前向きに事を進めていると思う。偉い。立派。なのにこんな生き方ではよくなさそうなんですよ。こういうのって30歳に至る段階でよくあることらしいよね。みんなどうやって克服するんだろうか。このまま同じようなことを続けたままスッと死ねるものだろうか。そんなわけないか。