前は要するにこのまま死ぬの嫌だなって言った。それを急に投稿した自分が意外だったのでまだぼんやり考えている。今iPhoneで暗闇で書いてて内容を確かめない上に記憶があやふやのままネタバレもするんだけど、『ある一生』っていう、ドイツかどこかの山暮らしの男が生まれてから死ぬまでのことを書いた小説があった。彼は彼にとって明らかに受け入れ難いような辛いことが起きても狼狽する様子を見せず、全部時間に呑み込ませて生きていった。朴訥な男だからペラペラしゃべったり内省を深めたりしない。年を取ると近所との関わりを断ち小さい家にこもるようになり、最終的には酒を飲み机に突っ伏して死んでいるのを郵便局員に見つかって終わる。彼は身体に合わせて世界の範囲を調節しながら彼として十分に生きたんだろう。なんかそう思える話だった。これを読んだ私は、ペラペラしゃべりまくるし内省すらTwitterなどに書き込んで人に見られようとしてしまう(今も!)浅はかな人間である私には彼のようにはなれないと思った。身体の様子に合わせてできることを決めていくっていうのかっこいいけど、年を取って抗えないものが増えるなら、前向きに言っても勇退以外の選択肢はなくなっていくんじゃないか。嫌だな。地道にやるしかないのに、できないことが増えていく人生なんて。こんなことぐちぐち言わずにできることをやっている人って、全員あの男みたいに受け入れてるんだろうか。私は受け入れられないのでせめて162cmじゃなくて50000cmの巨体になりたい。