ムファサ

 12月12日。昨日日記を書いたあと、ライオンキングで、夜の草原でシンバがムファサから「思い出せ…」と言われるシーンがありますが、私にとってのそれが起きて、平常心を取り戻すことができた。

 昨日落ち込んでいたのは、自他の区別だけでなく他他の区別もつけるべきなのに、自分のことばかり考えすぎていたせいで、他他を曖昧にする態度を、長い付き合いの友達に取ってしまったからだった。私自身がそんなふうにされるのが嫌なのに、まさに同じことをしていると思って情けなかったし、このまま私は自暴自棄的に今まで大切にしてきたものも全て終わらせていくのではないかとゾッとした。

 落ち着くために自分の悪かった点を整理して、さらに落ち着くためにしばらくモルカーを流しながら筋トレをしたあと、別の友達に電話させてもらったら、ありがたいことに私にとってのムファサみたいな現象が起こった。それで今の今から「行くぜ」と言う感じで過ごすべきだと思って寝て、起きた。

 だからといってスカーと対決しに行ったりせず、今日は、洗濯・掃除をして、買い物に行って、結露を防ぐための作業をして、なんとなく大掃除する感じになっただけの日だった。でも夕方に勉強してたときとか、雑念や悩みがガンガンに主張してくることが減ったような気がする。減らすべきだと思えたからだと思いたい。

 ほんとよかった。

短い

 12月11日。いい加減このことを考えるのをやめるべきだという機会があった。会ってくれた友人にくだらない時間の使わせ方をしてしまい、ただただ私のことがみっともなく、情けなかった。自分のくだらなさにうんざりする。大事にしたいものが大事にできなくなるのは嫌だ。できなくなりそうな日だった。

動けず

 12月10日。あちこちオードリーでアンミカさんが「夜はアカン!朝考えよう!」と言ってるのを見て、斜に構えず真に受けていこうと思い、昨日、夜考えるのやめて朝考えることにして起きた。

 そしたら朝8時に起きて考え始めて昼13時になるまで、空腹なのに食事にも動けない結果となった。ずっと頭の中で自分や他人の発言したことが反芻されつづけた。つまり失敗。しかしこれはアンミカさんが悪いのではなく、私が生理前だったりするからだと思う。

 13時になったところで流石にアホすぎると思えてきて、14時にとにかく外出することにして、冷食の麺とゆで卵を食べて、14時に出た。いつもの喫茶店に行って読書。国家が良心を規定するべきかどうかみたいな本で、今の私にただちには関係なくて安心する。喫茶店も、周りにいろんな人が座ったり出たりするので落ち着く。

 私がいつもやることをやれば落ち着くの、生活にこだわりが強いんだろうから、喫茶店で安心すると今日もまたこだわりが強くなった、とか思う。どうしようもないけど。

 そしてボランティア。毎週やってたらささやかな交流が生まれ始めた。「一緒帰ろう」みたいな。基本的にみんな、お互い深入りしないようにしようという態度があって、職場っぽいけど無駄にトゲトゲせんどこうという感じで、それがいいと思う。いろいろな関わり方を持っていたい。

タワー

 12月8日。早めに起きて11時に御成門駅。急に昨夜22時ごろになって友人が西日本からやってきたので、昨日も会い今日も会うことになった。昨日は血眼だったので非常に心配したけど今日は血眼ではなかった。それでも一応ほんとに大丈夫なのか心配すると「こっちが来ようと思って来てんだから」って私のそういううるささを咎められたため、確かにそうだなと思った。

 その友人の提案で東京タワーに行くことになった。平日午前中でしかも雨だからなのか、ほとんどお客がいなかった。着いていきなり見かけた修学旅行生っぽい6人ぐらいの高校生はきわめて険悪な雰囲気で座り込んでいた。展望台で見かけたお客も多めに見ても20人もいなかった。私にとってはありがたい状況だけど、観光地としては寂しい印象だった。

 そういう中でもそこで仕事する人はいっぱいおり、エレベーターで一緒に上ってくれる人、説明をしてくれる人、お茶をくれる人、写真を撮る人、エレベーターで一緒に下りてくれる人が全部ちがった。正直大丈夫なのかと思った。まあ偶然のお客のいなさによって、仕組みの働きがむき出しになっていただけかもな。

 トップデッキで景色を見る。曇りのほうが眺めてても疲れないから好き。色が少ない、まとわりつくものも少ない。友人はかつて激しく働いていたビルにどのように通い、何階で苦しみ、何駅で泣いたかというような話をしていた。

 私はそういう話をする用意がなかった。無理に思い出して間違えるのもどうかと思い、無関係の街づくりゲームの話を切り出し、下の写真でいうと右下の五叉路はゲームでは絶対混むけど混んでないのはなぜ⋯とか、公園の配置が住宅街付近じゃないのは歴史的経緯なんだろうけど、偉人の住宅地付近がなぜ今住宅地ではないんだ⋯、とか気になることを話した。

 自分の知ってることを適当に使って話し合うのは楽しい。そして私の知らない世界をもとにして同じぐらい適当に言い返されると嬉しいしありがたい。友人は土地を転がすとかについての知識があって、そこら辺をもとに話してくれた。

 楽しかった。楽しかったとかわざわざ書くのもいやらしいとか心の中から聞こえてきてしまうんだけど、そういう声は自分からのものではないとしたい気分だし、別に「大放言」といった内容ではないと思うのでいいとする。おやすみ。

誕生日

 誕生日で書くハードルが上がっていたけど忘れそうだし気にしないで書くことにする。

 11月26日。29歳になった。午後に新宿に川瀬巴水展を見に行った。コクーンタワーに何か入り込んでしまい、たまたま学生の下校時間だったらしく大量の学生の波に逆らうことになり、気まずい思いをした。春に吉田博展に行ったのでそれと比べていろいろ思った。何か線がかわいくて建物も自然物も漫画っぽくて好き(『あれよ星屑』みたいな感じ)だけど、色合いは吉田博のほうが綺麗だった気がする。

 でも川瀬巴水のほうが応援したくなる感じがする。絶景を描くというよりも日頃の生活がわかるような題材にするところとか。私Twitterで何かいい感じの人が散歩しながら雑に投稿していく写真をみるのが好きだった。

 本屋行く。国語辞典を買い直したくて行った。岩波のやつが見た目が良いのでそれにした。帯に「日本語を丁寧に使いたい」とあり本当にそう。あと他の本も買った。

 夜は友人と中華。中華は囲むほうが楽しい。のちカラオケ。やるぞ的な選曲。紹興酒を飲み過ぎ、どう思われるか等を考えなくて、それがよかった。喉ガサガサになる。BUMP OF CHICKEN の『ロストマン』を友達が歌っているのを聴き、泣く。今なら泣かないがその時は泣いた。「破り損なった手作りの地図‪⋯」と感極まる。

 大学生みたいな遊び方だった。最近大学生みたいな生活に回帰している。しかし楽しかった。私には29歳みたいな遊び方ってわからないし、私の友達も多くはわかってないのではないか。よく言う、お金をいつもより少し豪勢に使うとかいうのは、正直言ってほんとうに楽しくないというかクソつまらない。5億とかを使うなら違うだろうけど5億は持ってない。

 昔やってた街づくりのゲームで、娯楽施設を建てると「住民による喜びのツイート風のもの」がプッシュ通知される仕組みがあった。私はそのような、娯楽施設を建てられたり、近くに行列のできる店ができたり、そういうことで喜びのツイートをするような人間になりたくない。行ってみはするだろうけど。東京タラレバ娘の新バージョンは、Netflixやコンビニの新作スイーツで満足してきた女性が主人公らしいが、そういう感じで諦めさせてくる巨大な力に負けたくはない。

 友達に祝ってもらったことで気が大きくなったな。

 11月27日。特に何もなかった。今までの食事制限が何だったのかと思うほど体脂肪率が上がったので長めに筋トレをした。立てなくなってゴロンと転がってしまうのが面白かった。

所属

朝 ささみの熱でブロッコリーを解凍してる
昼 シイタケの切れ方がキモい
夜 米たくの忘れてた

 11月25日。晴れ。28歳最後の日。「28歳最後の日」を記念日とみなし、2日連続で海鮮丼を食べてしまおうかなと思ったけど、やめた。海鮮丼にハマっていた日々を思い出すから。

 28歳最後だからといって特別に何かする必要はないと思いつつ、水族館に行こうかなと思ったけど、事前予約制になっていて、2日前までに予約してくれとのことで、諦めた。だからいつも通り。勉強。筋トレ。読書。

 私はつくづく所属することに強いコンプレックスがある。その場に当たり前に存在するということができず、その場を理解して何らかの責任を果たすことなしには、存在してはいけない・いられないような気分になる。だから私は場の維持にこだわって、ルールにこだわるんだと思う。それによって得られるのは「私は維持しようとした」という印象のみ。でもそれを欲していたんだと思う。私はそうして数々の人間関係を失ってきた。

 旧・家族のことを脳に現す度に囚われているような気がしてきて癪で、憎い相手のことは考えないようにするのが吉だと思っていて、使い込まれた奨学金を私が返済する度にイラついてTwitterに時々書き込むぐらいだったけど、私は18歳までにそういうコンプレックスというか、ただ存在するということのできなさを確信していったし、そのことは分かっておいたほうが楽だと思った。

 居場所はそこにあるものではなく作るものだという風に考えるのは、主体的でいい感じだと思ってきたしそういう面はあると思うけど、私は作りに力を入れすぎだし、力を入れすぎて作りに失敗した時にすぐ破壊するから他人に迷惑をかける。よくない。

 というわけで明日以降はそういうつもりでやっていきたい。

ささみ

朝 ささみが100gで60円台だった
昼 学食っぽいうどん
夜 食べた実感を増やしたくて、野菜を大きく切る

 11月24日。晴れ。外出せず。疲れ取れず。きんにくん曰く、けっこう食べた翌日もいつも通りに食べたほうがいいというので、ささみを食べる。ささみにしろ鶏ムネにしろ、もはや喜びや悲しみは湧いてこない。動物としてただ食べている。

 カロリー計算をしてみた(※炭水化物が少なすぎるっぽいので明日から増やす)のち勉強する。なんか転職サイトを使って転職をやるにあたり、興味のある企業に連絡をとる中で、前職がかなり引っかかるっぽいということが分かってきて、つらい。前職と同じようなのに就くのが一番いい気がする、薄々わかっていたことではあるけど。だから今日は気乗りもしないまま勉強していた。

 不安が増してきたところで筋トレ。不安にかられて筋トレするといえば映画『ムーンライト』。音楽が好きだったから流しながらやりたいけど、私は未熟だからYouTubeの筋トレの師に従って好きじゃない曲に合わせてやる。

 一通りやったらプロテインを飲んでみる。ココア味で美味しいとされていると聞いたのに、普通に美味しくない。プロテイン自体がほんとはかなり美味しくないのにそれにしては努力してるってことなんだろうけど、元を知らないからな。

 なんかダイエット・ブログだな。今日あんまり自己を見つめたくないのでこうならざるを得ない。終わり。

目白

朝 ささみ等
昼 ケーキ(堪え難き)を堪え、コーヒー
夜 おしゃれなブリ大根ほか

 11月23日。晴れ。誕生日を祝ってもらった。いま酒気帯びで、ご機嫌で日記を書いている。夜にはおしゃれなビストロに行ったが、その前は目白の周りをうろちょろした。

鬼子母神

 鬼子母神には巨大なイチョウの木があって、それから散る葉によって辺りが絨毯になっていて綺麗だった。そういう中で、七五三の子供たちが駆け回って追いかけられており、教科書で学ぶ日本的風景という様子だった。岩崎ちひろさんの絵みたいな。

 それにしても釈迦に感化されたインドの神を祀る御堂(つまり寺)というのはややこしい。どうでもいいんだろうなと思う。

壊されたアパート

 壊された建物がそのままになっている様子が好き。父親が・家父長制が憎いからか、とかいう風に気にし出すと鬱陶しくなるから、見てるだけで心安らぐことが何より重要だと思うことにする。

 これを見たあとシーシャというものを初めて吸ってきた。イメージだけ膨らんでいたので案外こんなものかと思ったし、人と会話しなくて済むから楽な人には楽なんだろうな、とか思った。また行きたくはない。香りのするものを吸って吐くだけで一人1500円なんてアホくさい。

目白庭園

 目白庭園。Googleマップを見てたらたまたま歩いている方向にあったから行ってみた。穴場っぽい紅葉スポットだった。入場無料にしては人が少なかったと思う。ちんまりした庭園ではあったけど一周していたらスッと気分が良くなるような感じだった。

 一周してると下の写真みたいな、嘘の花がちらほらあった。なんでそんなことするんだろうと思ったけど、他のものの様子を見るに、近所の子供たちのアイディアなのかもしれない。了解。

目白庭園の発泡スチロールの花
目白庭園のプラスチックの花

 こういう感じで散歩していたら、夕暮れどきになり、それでもぼんやり歩いていたら、自転車に乗った女性から急に「あそこ富士山が見えるわよ!」と言われ、自転車に乗った女性を私は走って追いかける流れになった。

 それでしばらく走って追いかけたけど、着いたところで「やっぱり曇ってるから見えなかったわ」「ほんとはこの時間にこの店の前で見えるんだけど」と言われ、去っていかれた。

 なんだったんだと思うが、私もついていったんだからかなりお互い様だと思う。昨日の面接もそうだけど、私は急にノリが良くなる時がある。考える時間がないとついていってしまう。まあ人間そういうものかもしれない。

 そのあとビストロに行った。思えば2015年にフランス旅行に行ったあと、東京に帰ってもビストロとか行ってみたいってはしゃいでいたのに、結局本日に至るまで行かなかった。ビストロは料理の間が遅いから、あんまり食べなくても喋ってればいいし、ビストロだから威圧感とかあんまりないし、楽しかった。

 このようにして一生が終わってほしいと思った。

カボチャ

朝 バナナも食べた
昼 ジンラーメンうまい(でもラーメン好きな友達いわくチキンラーメン以下らしい)
夜 大根分厚くして食べた感じ出す

 11月22日。曇りのち雨。本読むけどあまり集中できない。2時間後とかに予定があるときっていつも集中できない。この時間に出ればいいとかってのが分かってるのになんだかんだソワソワする。損してるな。

 出かける。面接。なんか偶然が重なって断れなくて、就職する気のないところで面接してもらう。やる気ないなら行くなと思うと思うけど、でも電話越しで「今のところは就職したいとは考えてないんですよね」と言ったんですよ。それでも来てみてくださいというので、正直どんな場所なのか知りたいこともあり、行ってきた。内装だけでもおもしろかった。でも詳細は今日書くとまずいから、いつか何もないときに思い出話の体で書きたい。

 帰宅。雨降る前に帰れた。そのあとは勉強。ボランティアの方から連絡が来て、今週は暇なので無しとのこと。気楽な付き合いでホッとする。でも今日だと思っていたので予定が空く。友達から誕生日何がほしいかと連絡が来て、楽天で見てと言われた。適当で助かる。

 しかし正直、楽天とかAmazonとかの通販サイトを見てると無性にイライラしてくるので苦手。ごちゃごちゃしてるページにある大量の商品を比較するために何個もタブを使ってごちゃごちゃしたページを開かされるのがたまらない。

 そもそも広告が苦手でチラシとかあんまり読まない。スーパーの広告アプリとか、見るぐらいなら足で比較したいとか思う。オモコロすら広告だな〜ってのが気になるようになってから見なくなった。

 私は仮設トイレのミニチュアとか魚のキーホルダーとか持ってるし、ごちゃごちゃしたもの自体が苦手なわけではない。頭で処理しきれない量のものが無秩序に(新着順・価格順とかって秩序ではないと思う)並んでるのを見せられるとイライラするのに、だからといって通販サイトでは整理もさせてもらえないのが嫌だ、というところだろう。

 このようなことを思うと私はつくづく秩序が好きだ。いつか人間に対して秩序をやる日が来たら恐ろしいと思うけど、そんな日は来ない。よかった〜。

蒸し

朝・昼 やわらか鶏むねに成功
夜 汁がほっとくとすぐ蒸発する

 11月21日。曇りのち雨。久しぶりに雨が降ったと思う。昨日のことを修正するために野菜を食べることにする。先日この記事(貧乏だから野菜が食えないとかいうのは毎晩蒸し野菜を食わないやつの戯言にすぎない・春)を読んでキャベツ等を買ってきたし準備はある。

 朝からキャベツと鶏むねとその他野菜をあわせて蒸した。おいしくなった。あと、スチーマーを洗うのがめんどくなってたんだけど、野菜のおかげで油やカスが器にへばりつきにくくなって、洗いやすくなった。やってよかった。

 食べながら昨日のことを修正するために何をするのがいいだろうと考え、お祈りされてても困るから転職サイトは見ないことにして、中山きんにくんのYouTubeを流し聴きしながら準備して、外出することにした。雨が降りそうだったので知らない駅で降りるのはやめといて、結局いつもの喫茶店。

 今日の本。トクヴィルについて。トクヴィルはフランス革命後に貴族の家に生まれた政治思想家。政治思想とか読んでこなかったのでおもしろい。

 平等を志向する社会では、個人が他人と同等の権利を持つことを主張できるけど、それは一方で他人に優越することを主張する権利はないということであり、外から自分を見つめたときに自分の代わり映えのなさに気付き、無力感に苛まれて、自分と同じ人たちを合わせた「総体」に対して権威を求めはじめる。という話から読み始めた。

 昨日の私が感じた「相手に責める所もなく、私にもないけど、私がつらい気持ちになる」ことの嫌さも近いところにあるような気がする。まだうまく言えないけど。恣意的な「総体」を見せられて、自分を強制的にその総体に位置づけさせられるような感覚があった。こう書いてみるとよくあることだ。

 こういう、日頃の嫌さが本に吸収されていくのが読書の良いところのひとつだと思う。嫌さが自分の文脈から抜きだされて標本になる感じというか。だらだら読んでるうちに気分が均されていくのがわかった。