1月7日。晴れ。日記再開。このところ金太郎飴的な日常でしかないけど記録は多い方がいい。あと、いつかの誰かの投稿で見た「紙Twitter」をやろうッ!と意気込んでノートにブワーっと書くようにしてみてたけど、疲れるし紙と時間がもったいないと思いはじめた。
昨日雪だったのがまだ解けておらず、朝起きて窓を開けたとき景色が明るかった。思わず目を細めると、眉間に皺が寄ったのでマッサージをした。
そのあとはいつも通りの朝食を取り勉強。昼食とったあと少し読書。昼過ぎには集中が切れるので30分ごとに Perfume の Dream Fighter が流れるプレイリストを流して気合いを出す。夕食を取ったあとはなんか捗る。全ていつも通り。
この同じすぎる生活に言及すること自体に心理的な抵抗がある。でも続けることにしたんだから受け入れていきたい。
宇野重規『西洋政治思想史』をやっと読み終わった。面白かった。歴史の教科書でも出てくるような概念について、政治思想史からの見方だったらこんなに意図が分かるんだ、っていう発見があった。
例えばカルヴァンの予定説。私はこれまで、「誰が救われ誰が救われないかはあらかじめ決まっている」とか言われて、なんで人々はやる気なくならないんだ?と不思議だったけど、この本によれば、カルヴァンは、だからこそ教会が信徒の生活をまとめあげる必要があるとも述べているらしい。
実際「だからこそ」と言ったって無茶がある。ルターがすごい流行ってる中で、目の前の共同体を守る方法がいろいろ模索されたんだと思う。
教会なんていらんといきなり言われても、今までの秩序が壊れるのが不安な人たちもいただろう。救われるか救われないかには貧富の差は関係ない、と示しただけでも人々は納得できたのかも。とかそういう感じで、政治思想に対する想像のやり方をいくつも提供された。良かった。
私がバカだから分からないんだろうな〜、ってボンヤリ受け流していたことを考え直すのは、勉強のためだけじゃなくて心のためになる。
最近自分の心に向き合おうという機運がある。つづく。











