漬け

 10月29日。晴れ。12時に起きる。昼なし。夜は米と昨日のカンパチとイナダの漬けと、ワカメの量を見誤った味噌汁。東京のすばらしい食文化のことはよく知らないけど、漬けをそのうちの一つと言っていいと思う。新鮮さがどうせないなら漬けた方がいいという考えは正しいと思う。昨日刺身で食べたのより美味しかった。私がとくべつに発酵してるものが好きなのかもしれない。

 明日は友人が家に来るので準備しなきゃいけなかった。でもお酒とトニックウォーターを買ってくるにとどまった。友人は大学で浴びるように酒を飲んでいた時の友人なので、部屋のことを別に気にしなくていいかなと思ってしまう。

 クラフトジン買ってきた。ハイボールの次にジントニックをよく飲む。友達が来るし誕生日近いしってことでいいやつを買ってきた。なんか流行ってるらしい。片方(写真・右)は説明に「キュウリのスライスを乗せてもよい」って書いてあってすごかった。私の判断だけでジンにキュウリのスライスを乗せることはない。 ワカメを入れすぎてしまう程度の人間なのにジンにキュウリのスライスを乗せるのはバランスに欠く気がする。でもいつかやってみよう。

 行きたくてカラオケに行った。久しぶり。カラオケ屋は内装が綺麗になっていたし、ドリンクバーがなんかタッチパネル式になったし烏龍茶は薄くなくなっていた。久しぶりに大声を出したので声がガラガラに枯れた。

秋っぽい

 10月28日。晴れ。朝はフルグラ。昼はクリームパン。夜は米と味噌汁と刺身。玉ねぎとエリンギをできるだけ細く切ってみようとしたけどこんな程度だった。まあ食べやすくてよかった。Twitterを見てたら思い出したんだけど、コンビニのパンとかスイーツって歯を前提にしてないと思う。

 なんか徳川将軍は噛まなすぎて15代に向かうにつれて顎が細くなってたとかいう冗談みたいな話がある。顎が少ない方がおしゃれなのかもしれないが、私なんかは太く生きたいので、歯は使うようにしたい。

 天気がよかったし気が沈みつつあったので出かける。涼しくも暖かくもあり秋っぽい。お馴染みの喫茶店で読書。安保の本。カウンターに通されて、店員さんになんとなく安保の本を読んでると思われたくない気がした。知らない人に私のそういうことできるだけ教えたくない。でも隣に座ったカップルがコーヒーと一緒に写真を撮ろうとしてて(なんでそんなことするの?)、画角的に私も安保の本もその写真に入るだろうなと思ったものの、避けることもまたできなかった。

 しかし教えたくないのならこのベラベラ言ってる日記は何なんだという気もする。自分のことだから下衆の勘ぐりをすると、ネットじゃない世界での自分のありように自信がないのかもしれない。つまりネット弁慶。情けない。去年までベラベラ外でしゃべってたけどもうそれも過去のことになりつつある。

 ピュレグミのチロルチョコと古本の写真。今日ほんとは土井善晴さんの一汁一菜の本が文庫化したのを買いに行ったけどなんかウーウェンさんの本も良さそうで迷っているうちにどっちもやめてしまった。結果古本屋。小さい古本屋って関係者の意識が全体に張り巡らされてて、なんか緊張するんだけどそれが楽しい。

 帰宅していらなくなった炊飯器と扇風機を捨てる。土日に旧友が家に来るから片付けている。これを以って大掃除と為したい。

黄色 読んだ本

 10月27日。天気不明。晴れてはなかったし雨降ってたような気もする。朝昼は米と卵とウインナー。夜はファミチキとサンドイッチ。養生するとか言ってたのに。気が立っているとこういう選択をしてしまう。そんなことをするから夜になっても気が立ったままなんだろうな。排他的な行動が正しくないのかについてぼんやり考える。

 ずるずる読んでいた本が何冊か読み終わった。同時並行的にちまちま読んでたのが一気に終わるときってある。以下感想。

 中村政則『戦後史』(岩波新書 2005年)

 戦後史に急に関心が湧いて読み始めた。筆者の体験をもとに戦後史を語るもの。いきなりガッシリした解説から歴史を学ぶのが苦手なので、玉音放送がよく聞こえなかった話から始まり、わだつみの会で経験したことなど、本人の体験が率直に書かれていて何となくつかめたような気分になった。やっぱり人の話から入るほうが好き。始めにこれを読んでよかったと思う。

 石原享一『戦後日本の経済と社会』(岩波ジュニア新書 2015年)

 経済史が知りたくて読んだ。上の戦後史みたいに語るというよりは、羅列するって感じだった。高校政経で学ぶ内容をあんまり上回らなかった感じがするし、これで戦後経済史が深まったって感じはしない。でも有名な企業人って私は小倉昌男ぐらいしか知らないので、それらが多数紹介されててフーンと思った。基本的に筆者の人は反戦・反原発みたいなんだけど、最後の章で河野太郎の反原発の表明を評価していて、夢の跡‪⋯と思った。

 中村哲・澤地久枝『人は愛するに足り、真心は信ずるに足る』(岩波現代文庫 2021年)

 前に『アフガニスタンの診療所から』を読んでたのでそれと重複する部分も結構あったけど、ペシャワール会の活動以外のご本人の来歴をこの本でたくさん知ることになった。火野葦平の甥であったとか姉の名前は共産党から来ているとかの関係の話も面白かったけど、そんなのより、撃たれた足を自分で治療したこととか、息子が死んでしまったこととか、馬に殺されそうになったときようやく楽になれると思ったのに助けられたというような、そういう話が心に来た。長生きして欲しかったとか思ってたけど浅はかだったな。

 辻田真佐憲・西田亮介『新プロパガンダ論』(ゲンロン 2021年)

 辻田真佐憲さんの伊藤隆さんへのインタビューが良くて買ってみた。本の見た目もかわいいし。現代日本におけるプロパガンダの話。情報戦略ってどう効果があるとされているのか気になって読んだ。今のところ客観的に効果を計測するのは難しいっぽい(選挙に行けという広告は効果があった例があるが、●党に入れろというのは効果が分からないらしい(それはそうだ))けど、やった上で選挙がうまくいったらもうやめられない、みたいなところがあるっぽい。なんか対談が進むにつれてプロパガンダの話から「情報」の話にブワッと広がってる気がしたけど、私は現代の話を歴史と紐づけて語る行為が好きなので、読んでて楽しかった。

大森

 10月24日。昨日の面接でくっついてきた心によくない部分を削ぎ落とすために大森駅に行くことにした。大森駅に行ったことがないから良いと思った。結果として地図の赤丸のところにだけ行ってきた。Google Mapによるとルアンから鈴ヶ森刑場跡の距離は徒歩18分しかないらしいけど、チンタラし、この範囲で2時間ぐらい潰した。14時過ぎから16時過ぎ。

 以下行った順。

 喫茶店ルアン。なぜか星がついていたので来てみた。アイリッシュ・コーヒーというのを頼む。Wikipediaによると、ウイスキーをベースにしたカクテルで、コーヒーと砂糖と生クリームを混ぜたホットドリンクらしい。そんなことは知らず、とにかく知らんものを注文したい気分だったのでそれを注文したら、ウイスキーを温めてくれる際、温める火のようすを見せてくれるために喫茶店の電気を消してくれて、つまりそれは他のお客さんたちの電気も消えるということなので、どぎまぎした。

 それはさておき、飲んだらじんわり喉から熱くなってくる。コーヒーよりウイスキーのほうが味が強かった。当たり前かも。味って何。ハリポタに出てきたバタービールってこういうことかな。寒さ対策の飲み物でもあるらしいし18時ごろに頼んだらより良かっただろうな。というようなことを思った。最後には美味しかった気がした。これぐらいの量でアルコールが入るとちょうど良いのかも。

 大森貝塚遺跡庭園。親子でいっぱいの公園であり、貝塚を見にくるような人間はいなかったから不審者のような動きを取らないように気をつけた。でも奥(③のとこ)にある石碑の写真を撮っていたら、ドングリを探して迷い込んできた子供に明らかにギョッと硬直されてしまった。しかも貝塚自体は「範囲が指定されている‪⋯」としか思えなかった。何しに来たんだ。

 大森貝墟の石碑。こっちの方が有名なんだけど、実はこれはモースに付き添ってた人が発見場所を間違えて言った結果できた石碑らしい。でも、石碑がつくられる段階でその人は「よくわかんないけど‪⋯」という感じだったらしく、それで建てられて違うじゃないかとまで言われるのは可哀想だなと思った。

 それにしても違うのなら撤去すれば良いと思うんだけど、いろんな本に載っちゃってるから気まずいんだろうか。もしくはこの石碑のために変な形の土地が残されたから何か大人の事情で引くに引けないんだろうか。この石碑のために建物と建物の間の細い道を通ったんだけど、きれいな砂利道にしてあったし、階段もいっぱいあった。しかしいろいろ思い出すと本物の貝塚跡よりもこっちのほうが楽しかった気がするし、私は近代のほうが好きだな。

 鈴ヶ森刑場跡。八百屋お七とかが死刑にされたことで有名な場所。八百屋お七は恋人に会いたくて放火した罪で処刑された人。放火は良くないしそういう人って嫌い。でもそれについて放火してまで人間に会いたいと思ったことがないコンプレックスだろうとか言われる方が嫌い。ここは検索したら心霊スポットとして出てくるみたい。狭い範囲にいろいろな石碑が建ってたし、お線香も焚かれてた。隣の寺の人がやられてるんだろうな。

 最後。鈴ヶ森刑場跡に向かうときの道が良かった。首都高があると何故か安心する。

 行ってよかった。自分の身体感覚を取り戻せたような気がする。大森には他にもいろいろ史跡があるっぽく、全然見られなかったのでまた行きたい。終わりです。

 追記(2021/10/25) 大森貝塚遺跡庭園は品川区で1929年につくられ、大森貝墟跡は大田区で1930年につくられたらしい。あと、鈴ヶ森刑場跡について、打首の場合は伝馬町で執行されたのち鈴ヶ森に晒されていて、磔・火刑の場合は市中引き回しの上で鈴ヶ森刑場で執行されていたらしい。(参考 東京都歴史教育研究会編『東京都の歴史散歩 中 山手』山川出版社、2005年)

22日と23日

 10月22日。翌日の面接に向けて準備をした。養生の流れが絶え、夜には塩昆布キャベツと茄子の唐揚げ?を食べた。そのあと友達におでん屋に誘われて嫌々おでんに行った。はんぺんが最後の1個だったのでここで運が使われたと思った。長方形のはんぺん。しかし店主が「膝掛けあるからね」などと言ってくれる優しい雰囲気の人で、心あたたまった。行ってよかった。

 10月23日。面接。前回の反省を生かしたと思うけど、自分が無能だと思われてならなかった。こういう自己卑下の感じは就活の際に必ず出てくる。新卒で就活した時もそうだった。だから慣れたといえば慣れた。しかし出るものは出る。いつも使わない線の電車に乗って乗客の人たちを見てると、自分と違う点を探したくなってくる。

 面接が終わった後、コインロッカーに入れた服とスニーカーを引っ張り出してトイレで着替える。最近のコインロッカーはPASMOで使えるし、PASMOを鍵として認識してくれるから鍵を失くすこともなくなるらしい。着替えたらスーツと比べたら気合の足りない格好になる。気合の足りない格好になれると落ち着く。でも立派な駅を通る人は皆スーツかスーツに準ずる格好をしているので、外から見ると浮いてるのではないかという気がする。気のせいですが。服装で移動するってこういうことなんだろうなと思う。

 その後はまた移動して友達の新居にお邪魔する。色々しゃべる。映画で気にするところは私は風景だけどその人は服とからしい。服について気にしたことってほぼ無い。大学生になりたての頃、小説を読むときに例えば “フロックコート” とか出てくると何それといちいち検索してたけど、最近は検索しなくなったと思う。

 ジョナサンでおいしくない鶏肉の料理を食べる。でも土着のファミレスの夜はすばらしいと思う。村上春樹のアフターダークが好きだから。少しだけ荷解きを手伝って帰宅。この頃には疲れ切っていたのに判断をまちがえて歩く。寒い。スーツとかヒールはそれなりに重い。風呂で寝て起きた。

腹巻き だし

 10月21日。曇り。眠い。鼻水が止まらない。生理の様子がおかしい。なんか体調悪いのかもしれない。と思って下のようにあったかくした。室内でマスクと首巻きと腹巻きと分厚い靴下。10月21日でこの様子にして大丈夫なのか分からないけど、これによってまあまあ調子よくやれたと思う。

 朝はフルグラ。昼は昨日の味噌汁。夜は米と汁(?)と納豆と豆腐。養生してる感じする。今日は油と塩への欲が湧いたけど耐えるためにキムチ食べた。実はYouTubeで大学生ぐらいの人たちのVlogを流すのが好きなんだけど、大学生ぐらいの人たち、みんなキムチ食べてると思う。そんなに太りたくないけど味の強いものを食べたいとき人はキムチを選ぶんだろう。キムチってコンビニでも売ってるし持続可能でいいと思う。

 夜の汁のだしにこの茅乃舎だしシリーズの博多限定のあごだしを使ってみた。こないだ福岡から帰るときに、平たくてリュックに入れこめそうだからって理由で買ってきたんだけど、買ってよかった。おいしい。きのこはエリンギなんだけどエリンギがいつもと違う食感と味わいになった。塩とか入れないでみたけどおいしい。

 もう少し勉強したら寝る。

ネギ

 10月20日。晴れ。いい天気。8時に起きる。今日はちゃんとしようという気分がみなぎってくる。映画をみた翌日ってこうなる。翌々日には無くなってることが多い。やる気に満ちてバレットジャーナルとか出してくる。最後の更新日は10月7日。これは久しぶりの面接に失敗してきた日。更新する。従来通りやることを刻みまくり、やった感をかさ増しさせる。こういうことをしてると「こいぬ」的結末を想像する。

 朝はバナナ。昼はラーメン。夜は米と味噌汁と納豆。ネギが萎れてきたためできるだけ消費する。薬味のネギを入れることで、前日ハンバーガーを食べた者として、健康に気をつけている感じが出せたと思う。ネギ納豆おいしい。タレを使わない側の人間になった。米が少ないのはたまたま。でもこれで十分だったような。

 こないだ実家に置いてあって読んだ、58歳女性のライフスタイル例が書いてある本に、「友人と会う時だけは少し豪華なものを食べる」というのがあった。良いと思った。私もそれに倣いたい。内心(食事しか楽しみがない私がそれを質素にして生きてゆけるはずがない…)と思ってるけど、倣ってみたい気がする。ちょうど胃腸を壊したし、この養生の流れを大事にしてもいい気がする。幸せな食事とは必ずしも油や塩や砂糖がいっぱい入ってるものをたくさん食べることではないはずだから。

 今ひとつひとつの社会的失敗の精神的打撃がでかすぎて、逆に良い機会なので、その大波をしのぐための方法を模索したい。とりあえずこの食べすぎるのをやめてみるのが一つ。

 もう一つは、最近また青空文庫を読むようになった。前まで宮本百合子の書いたものばっかり読んでいたけど、今はランダムで出てきた豊島与志雄(1890-1955)という人の小説にハマっている。短くて読みやすくて少し不気味なのが多い。都市社会でヒヤヒヤ生きている私にしみる。川勝徳重さんの漫画っぽくもある。無料で読めて誰も困らないわけだし、今ハマっているものに飽きても、ランダムを頼りに知らない短い小説を読んでいきたい。

BOOKOFF 『DUNE』

 10月19日。雨。気温が低いのでセーターをおろしてシャツと着る。自分自体がベースとして明るくないので寒いとみんな静かになるから寒いのが好きなのかもしれない。元気であるだけの人から元気をもらうことってそんなにない。

 昼ごはんは茹で卵2個。夜にハンバーガーを食べる予定があって、そういうときは前後の食事を控えるものらしく、控えてみた。茹で卵2個。しばらく養生してたので十分。でも葉物とかも食べるべきだったかも。夜ごはんはバーガーキングでハンバーガー。照り焼きバーガーがモスバーガーより美味しい。肉は食べ応えがあるほうがいい感じがした。

 起きたら17時ぐらいまでは勉強してた。そのあと出かけて移動。BOOKOFF行った。BOOKOFFってすばらしい。最近まで立ち読みを禁止してたこともあるのか人も少なくて良い。北村紗衣『批評の教室』はジュンク堂で見たばっかりだったので後ろめたかった。しかし無職にとって節約は必要。他のもお得だった。

 グランドシネマサンシャインで『DUNE』みた。知らないけど、この原作の映画化にいろんな監督が挑戦したらしい。私は今回のドゥニ・ヴィルヌーヴ監督のだけ観た。IMAXで観てよかった。かっこいいマシンを見せる時には大画面、きれいな砂漠の風景を見せる時には横長、みたいな使い分けが頻繁になされていて、そういう、統一感を大事にするよりもかっこいいものをよりかっこよく見せたいっていうの良いなって思った。私もそうありたい。

 あとどうでもいいけど、装飾須恵器とか好きそう。ヴィルヌーヴ監督に見てほしい。当然知ってるだろうか。マシンの形がちょっと面白いんだよな。とにかくよかった。観終わったあと雨は止んでたのでしゃべりながら歩いて帰った。映画を観た後はあっさり眠れる。

養生 寝てた

 10月18日。晴れ。美しい秋晴れだった。6時半に起きてランニングしようと思ってたけど眠くて断念。ルナルナによると絶不調になる時期らしい。「現実を受け止め、周囲との協調性を大事にしましょう。」とか書いてある。踏み込んでくる。でもルナルナならいい。結局11時に起きる。めちゃめちゃ金持ちになる夢見た。夢すぎる。

 昼はうどん。さすがに胃も治った気がするけど養生。豚肉は入れる。勉強。また寝る。眠すぎる。夜はスープと蒸したさつまいも。バター要らなかった。養生に飽きた。

 

雨 お粥

 10月17日。雨。意外。午前中にコインランドリーに行く。洗濯を待つ間に近所の喫茶店。乾燥機に入れたら散歩。ほっそい道を行く。写真のように苔むしている道路があるぐらいの人通りの少ない道。倒れそうなのに活動しつづけている室外機(ニーア オートマタを見ていたので命を感じやすくなっている)とか、猫を警戒してペットボトルを敷き詰めてる庭とか、そういうのを見て満足。冬っぽい雨の日にやりたい散歩ができた気がする。

 帰宅後服をたたみ、昼ごはん。ラーメン。昨日から汁の量を調整できないので満ち満ちになるんだけど集中したらこぼさないで机に置ける。こぼさなかったときに達成感があるけど、お湯をおたまでちゃんと注いでいったほうがいい。味は普通。まだ胃が弱っているのを感じる。

 夜ごはんはお粥。まだまだ弱っているけど試したくてトマトを入れた。病気っぽい時に試さない方がよかっただろうけどやってしまった。食事のときに勇敢さを発揮するの良くない。こんなに胃がダメだと苦言を呈されている気分になる。揚げ物の4日連続はもう無理だと思い知らされる。

 今日は引き続き中村哲さんの本を読んでる。読みやすい。高校生向けらしいし。素朴に思ったけどそういえば反米的態度の人ってなんで少ないんだろうな。単に私が勉強不足なだけでほんとはたくさんいるだろうか。

 おもしろかったのは、ご本人が「自分がいなくなったらこの取り組みは無くなるだろう」という話をしている箇所。現地にやってくる日本人は4, 5年いたら「俺はこんなに長いこといるんだ」という態度になることが多いらしい。それは仕方ないけど、4, 5年ぐらいでは現地の人たちとの信頼や関係性は生まれない。だから後継は生まれない。だから自分が骨を埋めるつもりでやって、死んだら終わりなんだ、というようなことが書いてあった。

 必要なシステムさえできれば、的な態度って場合によっては安易なのかもしれない、とまず思った。あと、4, 5年もうまく馴染めない場所にいたら、私も何かが得られたという結果がほしくなると思う。ときどき人生がこうでいいのか分からなくなるだろうから。結局やめてしまったとしてもそれはそれで別にいいんだけど。よくない気がする。社会的に正しくないとかそういう意味じゃないし、本人にじわじわ後悔が募るだろうからよくないとかそういう意味じゃない気がするが、うまく説明できない。