1月14日 何もない

 1月14日。晴れ。風が強かった。ずっと部屋にいたので風で部屋の窓がバタバタする。ときどき開けたら風が強くて楽しかった。

 朝はゆで卵2個。朝のテレビで共通テストの応援をされていて、自分もついでに励まされた。昼は冷凍つけ麺とスープ。夜もスープ。やるべきことはやった。ボランティアも行った。久しぶりで、久しぶりに会ったというだけでなんか楽しかった。慣れてきた。

 今『紅の豚』をみてるけど、豚の顔がかわいいあまり話が入ってこない。大人数のモブがドヨドヨする動きがいっぱいあってかわいい。ジブリの好きなアニメーションのひとつ。

 ジブリといえば、最近パソコンがすぐ熱くなるんだけど間に置くやつがないからオオトリサマを使ってる。

1月13日 お笑いライブ行った

 1月13日。晴れ。元気ない。波がある。午前中だけやることをやる。午後はしばらく何もせずだらだらしていた。家にいるとイライラが募る日だと思った。早めに新宿。

 コクーンタワー(あの繭みたいなタワー)の地下にあるブックファーストに行ってみた。いつも行ってるキッチリした本屋の秩序に慣れてるから、本棚が斜めに置かれてたり、文庫本とハードカバーが一緒に並んでたりするのを探検していくのが面白かった。

 そのあとはルミネtheよしもとで『幻のネタNo.1決定戦』というのを観てきた。お笑いライブは東京03のを7~8年前に観たきりで何もわからない。いつも通り不作法を恐れ、古参に舌打ちされたらどうしようとか思ったけど、舌打ちされてもどうもしない。行ってみようと思ったのは、M-1で見たゆにばーすが劇場だったらどうなるんだろうと思ったから。

 458席ある、思ってたより大きいホールだった。ザッと見渡した感じでは、若めの女性客が多くて次に若めの男性が多かった。映画館で『花束みたいな恋をした』を観たときの光景と近くて、お笑いを劇場で見るのが若者の間で流行ってるんだなと思った。

 2時間あった。決定戦で、出演順のためにくじ引きをする。くじ引きでは客席の番号が読み上げられて、その席に座る人がアルファベットを選び、パネルのアルファベットをひっくり返すと出演順が決まる。観客と舞台の人たちが関わりを持つ工夫なんだろうか。結構だるかった。

 そういう、ネタではない時間に芸人たちが「次は誰だ?!」とかで盛り上がったりボケたりする時間を平場と呼ぶっぽいんだけど、その平場の時間が本当に苦手だった。関東の各地に小さい劇場があり、そこから来たという芸人たちが内輪ノリをやってた。明らかに面白くはなかったから、よく通ってくれている客へのサービスなんだろう。

 で、ネタを見るのはとても楽しかった。出演者は、GAG/うるとらブギーズ/ななまがり/ゆにばーす/素敵じゃないか/男性ブランコ/ダイタク/そいつどいつ/オズワルド/ネルソンズ/タモンズ/ヨネダ2000/滝音。半分ぐらい知らない人たちだったけど面白かったし楽しい時間だった。個人的には滝音が一番面白かった。ヨネダ2000も好きだった。

 目的だったゆにばーすは、前回の劇場でスベったらしくその話がつかみで、ネタを作ってるのどっちかっていう話だった。M-1みたいなネタをやらなかったので残念だった。今年のM-1で安直に引かれないために、二人それぞれの人間味みたいなのを出そうとしてんのかなと想像した。

 ともかく期待したものは得られなかったけど、劇場で観るのはまたやりたいと思った。単純に楽しかったというのもあるけど、こんなにいろんな面白い芸人がいるのに、本人が思ったように進めていけるのは一握りで、でもやっていってんだなっていうことが思われて、私の生き様に都合よく重ねて、それで元気をもらえた気がして、それがよかった。

 こういう元気のもらい方というのは、日頃関わる人間からはできない(というかやってはいけない)けど、映画やアニメでは隔たりがでかすぎて難しい。だから劇場でしか得られないものなんじゃないだろうか。というわけでまた行きたい。

 最後にどうでもいいことだけど、Twitterで検索したら一人の芸人にかなりこだわっている様子のファンがいて、その写真と一緒にごはんを食べてたりしてて、その新しさに『明日カノ』をなんとなく連想した。

 明日カノって好きだな。明日カノって、登場人物にとっての嫌なやつでもそんなに嫌に描かないからいいんだよな。でも若い人たちのことを明日カノを軸に考えるのはよくないかもしれない。終わり。

1月12日 『音楽』みた

 1月12日。晴れ(たぶん)。外出せず。朝はゆで卵。昼は海鮮丼。夜はサンドウィッチ2個。食欲のすごい一日だった。やる予定のことともう少しやった。今日はなんか楽しくやれた。

 『音楽』をアマプラで観た。この予告編、実際のと比べてテンポがはやすぎる。

 坂本慎太郎が主人公の声をやってると聞いて観た。70分ぐらいだった。独特の間で、絵自体がきわめてシンプルなのに、そのまま画面が全く動かないで3秒ぐらい無音、ってことが何度かあって、最初は通信状況が悪いのかと不安になった。

 大画面で観るよりは、パソコンで作業してる時とかに画面の右端で流れてると良さそうと思った。何回か観てるうちに良くなっていきそう。配信するからガンガン観ろ!という時代に、そういうものが作られて、坂本慎太郎が参加したことが嬉しい。

 先々月に Netflix を解約して、何も困らなかったし、寧ろ「解約したけど何も困らね〜」で得した気分になっている。

 そういう勢いを進めるために、この頃『デジタル・ミニマリスト』という本を読んでいる。30日スマホから必要ないアプリとかを消してみて、自分の生活に必要なものを吟味しよう!っていう。その提案を美化するために大事そうなフレーズとしては、「意図は利便性に勝るという信念に賭ける」というのだろうか。

 これは賭けたい。昨年から身の丈に合った生き方がしたいと思うようになったし、私はそういう価値観が好きなんだろう。好きといってもまだ取り込みとしてはペラく、体現できてない感覚がある。とりあえずやるべきことをやろうと思う。

1月11日 戦争の話

 1月11日。雨。救急車の音が湿った感じになっていた。朝はゆで卵2個。昼は冷凍食品のパスタ。夜は米と中華スープと鶏ムネ炒め。やることはやった。

 あと本棚の本を全部出して整理した。本が常に本棚からはみ出てるんだけど、はみ出させるのを漫画にして、新書をねじこみきることに成功した。

 最近、いよいよ戦争のことを知らない世代しかいなくなる(だから戦争の語り方が変わってくるだろう)という話がある。

 それで思い出したのが、中学生のときに同じ教室に居た生徒が、人肉を食べたという親戚の話を授業中にしていたこと。当時そういう話題がうるさい教室でも注意を集めたし、私も今でも覚えている。

 私が子供の頃は、そういう感じで日常の中で怖い話・ヤバい話として広まっていった。嘘かもしれないけどほんとっぽい話。でもこれからの子供にはそのようなことは起きにくいだろうと思う。「語りたさ」とか「広めたさ」のあるような話がなくなると思うから。

 私は戦争はダメと思うし、なんでダメかもくどくど説明はできるけど、どうしても自分の経験ではないから、聞かされた側にとって「当事者からこの私が聞いた」っていう希少さが見いだせない。だから、ハイハイハイハイと思われるか、元々ダメだと思ってる人から頷かれるだけになる。

 そういう状況で、戦争はヤバいという印象を、できるだけでかい範囲で共有したかったら、どうしたらいいんだろう。漫画とかかなーと思ったけど、たとえば『昭和天皇物語』を読もうとする人は結構いろいろな条件を乗り越えてると思う。だからむずかしい。

 他人の考えを変えようとするなんて烏滸がましいとか言う人もいるけど、これに関しては、慎ましさより人の殺されなさの方が大事。なんか手立てが増やせるといい。

1月10日 猿

 1月10日。曇り? わからない。夜まで外出しなかった。朝はゆで卵2個、昼はキャベツを乗せすぎたラーメン、夜は米と味噌汁とグリーンホットチキン(2個)。最近なぜか近所でササミが売ってない。正月はササミが売れないとかあるのか。ムネ肉で行くしかない。

 たまたまテレビに猿が出てきて、私は猿といえば『野火』ってぐらい動物のことを知らないので、日本人ってほんとに猿を食べなかったのか気になってきて、検索してこの論文を読んだ。『日本列島にみる人とニホンザルの関係史』という題。おもしろかった。

 日本では縄文時代には猿を食べてた形跡が貝塚に残っているらしいけど、江戸時代までの出土獣骨の2%ぐらいらしい(タヌキは6%)。縄文時代以降は少なくなるらしい(でも貝塚がなくなる訳だし、骨が残らなくなるからだと思う)。

 近世にはマタギが猿を何十頭かまとめて捕獲していたらしいけど、それは胆や胎児や頭の黒焼きが薬として高価で売れるからだろうとこの論文には書いてあった。そのマタギが猿肉を食べてたかどうか分からないけど、ゴールデンカムイから勝手に想像すると食べてたんだろうな。

 他にも検索したら、近世には市場で塩漬けの猿肉が売っていたという話を見つけたりした( https://diamond.jp/articles/-/3243 )。そういえば、人魚の肉と称して猿肉が売っていた話は聞いたことがあった。

 結局そんぐらいで、生活の中で作られた猿肉の食べ方とかは分からなかった。猿を山神と崇めたりふざけたお面にしてみたり、捉え方にはけっこう地域差があるっぽい。

 そのあたりのことが面白い気がしたけど、話がでかくなる気がするので今日はこの辺でやめる。平日だし早く寝る。

感想『プロミシング・ヤング・ウーマン』

 また映画観てきた。

 直訳したら『有望な若い女性』。今回も内容にふれる。たぶんネタバレされるとかなり嫌な映画だと思う。でも内容にふれながら思ったことを書くことが私にとって良いからやる。

 幼馴染の親友の復讐のために主人公が全力を尽くす話。主人公と幼馴染は同じ医学部にいて、数年前に幼馴染が、医学部でのパーティーで薬を飲まされてレイプされて、噂にされて自殺した事実を中心に話が進む。主人公は幼馴染の看病のために医学部を中途退学をしたらしい。

 幼馴染は映像として一度も出てこないので、観客は出てくるキャラクターの語りによって幼馴染を想像するしかない。主人公は、ひょんなことから加害者だった人たちにアクセスする機会を得て、彼らを次々と見つけ出して当時のことを語らせる。

 ある女は「記憶を無くすぐらい酔っていたのが悪い」と言い、元友達は「死んだ彼女のためにならないから執着するな」と言う。ある男は「お前は潔白なのか」と逆ギレし、ある男は加害者側の弁護士として死ぬほど後悔している。様々ではあるけど、概ね主人公に敵対的だった。

 主人公は、かなり強気で攻撃力がある。まず予告編にも出てくるけど、酔っ払ったフリをした自分を男に “お持ち帰り” させて、説教して帰宅する。怖くないのか。しかも彼女はそれを達成するたびに正の字で記録していて、それが何ページにも及んでいた。

 他にも、下ネタを吹っかけてきた男を無言で見つめ続けたり、男の乗っている車のガラスを鉄アレイで破壊したり。スゲー。

 私も私のことを気が強い方だと思ってたけど、私は言い返したり毎日コツコツ記録したりするだけだ。主人公に比べたら全然ものたらない。私にはナメんなという気概が足りない。

 私のことはさておき、主人公の強さは一方で、不安の裏返しという感じもある。最近私が自分に対してそう思ってるからだろうけど、昔の傷に新しい傷をつけて “回復” しようとしているように見える。そんなことでは回復しない。でも彼女はそうせざるを得なかった。

 そういう主人公は、加害者の人たちの語りを聞くなかで、報復のためにぶん殴りも殺しもしない。策略でものすごく不安にはさせるけど。復讐の鬼という感じではなかった。後悔している男には「私があなたを許す」と言ったりもする。しかしある出来事をきっかけに、彼女は徹底的な復讐をめざし、死ぬ気で復讐し、死ぬけど、復讐もした。

  *

 この映画を観終わった後、怪物大暴れ映画を観たときみたいに、心臓がドクドクし、胃腸がソワソワし、指と足に力が入らなかった。

 まず男の腕力やべーっていう恐怖心だった。それに男が泣きながら暴力をふるうシーンや、暴力の始末をしてくれる男の友達と抱き合うシーンは、不快すぎてゾッとした。

 あと嫌な記憶も蘇った。私は父親から数度酔っ払った勢いで抱きつかれたことがあって、彼らが離婚するときに父親は離婚の理由を「セックスできなくなったからだ」と言ってきて、高校生の私は「そういうことだったのか」と “納得した” 。

 それで、復讐のことを考えた。よく「最大の復讐は、その人のことを忘れて幸せになることだ」と聞く。私は復讐したいと思うほど自分のことが大切ではなかったし、嫌なものについては考えないに限るわいと思って、その言葉を軽く受け止めてやってきた。

 この映画の主人公は、幼馴染のことが大切だったから、自分の命を懸けたんだろう。そこまでできる動力源がある彼女のすごさに胸打たれた。もちろん命を懸けるほど大切なものがある必要はない。そもそも何にしても命を懸けるべきではない。それでも、私にないものを彼女は持っていると思った。

 友達が同じ状況になったとして、私は何もしないではいられないけど、これは友達想いゆえというよりは自分の気質の問題で、だとすれば何もしないでいるべきなのだと思う。私は主人公と同じことはどうやってもできない。

 そういう自分に空虚さを感じるな。終わり。

1月8日 キレること

 1月8日。晴れ。雪の日の気温の低さの反動で暖かく感じる。朝はゆで卵2個。勉強する。昼はお粥。勉強終わる。夜は韓国料理屋に行った。

 韓国料理屋は、近所にあるけど、立て看板がとても怪しい(立て看板の上で、空気で膨らませた布のピエロの人形がひらひらしている)ので避けていた店。

 このごろ東京都のまん防などによって店が閉まるかもしれなくなってきたし、新年だし、何か冒険してみようぜって気分で入ってみたら装飾や照明は若者っぽくて意外だった。

 テレビ画面には韓国のレコード大賞みたいなのが流れていて良かった。民族料理の店でその地域のテレビが漫然と流されているのが好き。

チャミスルはマスカット味が一番おいしいとされている
筋トレした上で行っても不安がある油の量だった

 こないだ『キレる私をやめたい』というエッセイ漫画を読んだとき、私は私の不安を抑制する力がものすごく強いということに気づいて、せっかくだしそういう自分に向き合うかと思った。

 正直、自分の気持ちを抑制する力が強いからといって、外面的にそんなに困ったことがない。すぐ謝るとかしないし、他人に対して「私なんかどうせ」とか言わないし、人を殴ったこともない。それに自己肯定感が低い気もしなくて、例えば自分の絵のこととかかなり好きで、褒められたらうれしい。

 私は色々な人に会って勉強をしてふるまいを研究することで、自分の気持ちの未熟さを隠す方法を内面化しようとしてきた(うまくいってるかはさておき)。それが苦痛だと感じてこなかったので問題化してこなかったし、今もそんなに苦痛だとは感じていない。

 だったら別にいいという考え方もある。実際そうかも。でも時々、抑制する力が強くても、それを乗り越えて不安になることがある。そのときの対処方法がない。

 日ごろ抑制することによって、抑制しきれないほどのでかい不安が来るぐらいなら、小さいのの時点で認識して表現できる方がいいかもなとか思う。

 抑制ぐせの一因として育ちの環境がある。親は私と一緒に誰かと会うとき、いつも私の二の腕をつかんでいて、私が「よくないこと」を言ったら強めに握ってきたりしていた。これは、犬にベルを鳴らしたら涎が出る実験に近いことがなされていたと言っていい。

 小さいときのことなどどうでもいい、と若さによって振り切ってきたけど、自分を一歩引いて見たときに、親の影響によって何かが起きているということが自分で分かるのであれば、そんな人間として他者に関わりたくない。

 機械に対して使う言葉だけど、よく生きていくために、自分の操作感を上げていきたい。

1月7日 日記再開

 1月7日。晴れ。日記再開。このところ金太郎飴的な日常でしかないけど記録は多い方がいい。あと、いつかの誰かの投稿で見た「紙Twitter」をやろうッ!と意気込んでノートにブワーっと書くようにしてみてたけど、疲れるし紙と時間がもったいないと思いはじめた。

 昨日雪だったのがまだ解けておらず、朝起きて窓を開けたとき景色が明るかった。思わず目を細めると、眉間に皺が寄ったのでマッサージをした。

 そのあとはいつも通りの朝食を取り勉強。昼食とったあと少し読書。昼過ぎには集中が切れるので30分ごとに Perfume の Dream Fighter が流れるプレイリストを流して気合いを出す。夕食を取ったあとはなんか捗る。全ていつも通り。

 この同じすぎる生活に言及すること自体に心理的な抵抗がある。でも続けることにしたんだから受け入れていきたい。

 宇野重規『西洋政治思想史』をやっと読み終わった。面白かった。歴史の教科書でも出てくるような概念について、政治思想史からの見方だったらこんなに意図が分かるんだ、っていう発見があった。

 例えばカルヴァンの予定説。私はこれまで、「誰が救われ誰が救われないかはあらかじめ決まっている」とか言われて、なんで人々はやる気なくならないんだ?と不思議だったけど、この本によれば、カルヴァンは、だからこそ教会が信徒の生活をまとめあげる必要があるとも述べているらしい。

 実際「だからこそ」と言ったって無茶がある。ルターがすごい流行ってる中で、目の前の共同体を守る方法がいろいろ模索されたんだと思う。

 教会なんていらんといきなり言われても、今までの秩序が壊れるのが不安な人たちもいただろう。救われるか救われないかには貧富の差は関係ない、と示しただけでも人々は納得できたのかも。とかそういう感じで、政治思想に対する想像のやり方をいくつも提供された。良かった。

 私がバカだから分からないんだろうな〜、ってボンヤリ受け流していたことを考え直すのは、勉強のためだけじゃなくて心のためになる。

 最近自分の心に向き合おうという機運がある。つづく。

雪 池袋駅前

婦人科に行く必要があって出かけた
みんな割と傘さしてなくて意外だった
昼の池袋
雪うれしい
雪うれしい
いけふくろうが本読んでるのってジュンク堂とかの力なのかな
グローバルリング
東京芸術劇場
池袋の雪っていいよな〜
人が減るからいいのかもしれない
グローバルリング2
グローバルリング3

感想『ラストナイト・イン・ソーホー』

 『ラストナイト・イン・ソーホー』を観た。いろいろ思ったけど観てよかった。音楽は激しくて良かったし、私は主人公のキャラクターに惹かれたし、つらい関係につらくなった。

 以下は、長いし、内容や結末に完全にふれるし、かなり主観的で自分のために都合のよいことを言っている。公式サイトはこれで、たぶん必要なことはそこに書いてある。あと予告編はこれ。

  *

 まず元日に観る映画として良かったか。暴力とかゾンビとかホラーとかの映画で元気が出る人ならきっと良いと思った(私は元気が出る)。あと「とにかく音楽を気持ちよく聞かせてくれ」っていう人も楽しいと思う。

 でも、アイデンティティをめぐる現代社会の諸問題に強い関心があり、その語り方は慎重であるべきだという人にとっては、元日からモヤモヤさせられて、嫌かもしれない。

 なぜかというと、この映画は、現代社会におけるそういう対立を面白くするためにふんだんに使っていると言われても仕方ない気がするから。

 都市ー郊外、文明ー未開、夢ー現実、女性ー男性、障害者ー健常者、人種、地域、スクールカースト、など、ポンポンポンポン出てくる。これらでもってどんどん話を揺さぶり、話のテンポを上げていく。そういうことに軽々しさを感じてショックを受ける人もいるだろう。

 それでも私は観てよかった。

 何より主人公のキャラクターがよかった。主人公はたぶん10代の女性。彼女は60年代ファッションが大好きで、ずっと憧れていたロンドンにある服飾の学校に合格したところから話が始まる(私はファッションには関心ないけど近代史が好きだし東京に来たかったので近さを感じた)。

 彼女は楽しそうだけど、どうやら母親が自殺したのをきっかけに、彼女の鏡に母親が映るようになっているようで、初めから不穏でもある。

 ロンドンに着いたら、寮の同室の女に嫌なことをされて、耐えなかった彼女は、すぐに屋根裏部屋に引っ越す。屋根裏部屋では、母親ではなく、サンディという女性が鏡に映るようになる。

 サンディは60年代に歌手をめざした女性のようだ。ロンドンのソーホーという地区で働き出したけど、思うように行かず、男性客と望まない性交渉を重ねていくようになる。その様子が断片的に、主人公の見る鏡に映るし、夢にも出てくる。

 この主人公は、鏡に映る憧れのサンディと現実の自分、夢と現実の違いにしょっちゅう混乱するようだ。そしてそれがとても苦しそうだった。だから、私は「統合失調症なのか‪な⋯」とか「60年代の女性について調べてかなり深めに共感してるのかな‪⋯」などと思わされる。

 彼女は、自分には “霊が見える力” があると言っているのだ。でもそれを聞いても私は彼女を信じられなかった。私は「できれば病院とか警察とかに関わってほしい‪⋯」と内心ハラハラして、公的機関に行ってくれる場面では正直ホッとする。そういう揺さぶられ方をした。

 話としては結局、本当に彼女に “力” があった。実際に彼女はそこにいる霊が見えていた。私にはその展開がすごく衝撃だったし、〈超能力ーなんかの症状〉っていうので揺さぶってくることは映画でしか出来なさそうで、その体験はとても面白かった。

 衝撃を受けた理由は私の方にもある。傾向として心配性だから、周りの環境に「大丈夫か?」と気にする時のエネルギーがひとしお強い。私はそれを弱めたいと強く思っている。で、その心配エネルギーが彼女に強く向けられたのを感じたので、のめりこまないブレーキとして、彼女を信じないという判断をしていたんだろう。

 観終わった直後は、私にはまだまだ気づいていない偏見があるのだろうなと反省モードになった。でも少し考えると、こういうブレーキが偏見を生むとしても、このブレーキはあったほうがいいんじゃないか。口に出すべきか出さないべきかの問題だなと思った。

  *

 もうひとつ惹かれたのが、最後の家主と主人公の対決だった。屋根裏部屋を貸してくれた家主がサンディだったのだ(ここで主人公の “力” がマジであるんやと分かる)。しかもサンディは、望まない性交渉をさせてきた男たちを、実は全員刺し殺して屋根裏部屋の床に埋めていた。だから警察と関わりを持ち始めた主人公を、サンディは薬で殺そうとする。

 しかし主人公はしぶとい。なんとか動ける主人公は、サンディに反撃するのではなく、むしろ罪を認めて生きていくように説得する。主人公はサンディに憧れていたし、生きていてほしいのだ。

 その説得の中で、主人公は「あなたは生きていくべきよ」的なことを言う。しかしサンディは「お前に私は救えない」と言う。そしてサンディは燃える家と一緒に死ぬことを決める。そして死ぬ。

 このやりとりがつらかった。それはそうなんだけど。他人の心に土足で踏み込んじゃいけない。サンディの意思は尊重されるべきだ。それはそう。

 でも私には受け入れがたい。サンディや主人公のどっちかに対してではなく、その状況に対して、そんなの悲しいだろうがッ!という怒りみたいな感情が湧く。

 まあ、主人公があの時できたことは「受け入れがたい」と言う態度を示し続けることだけだし、それをやった。だから主人公としてはこうでしかない。サンディも、ずっと罪を隠しながら生きてきたのを今更、ポッと出の若者のために変えたくはないだろう。

 分かる。とはいえ嫌だな、しかしどうしようもないな‪⋯というループに陥る。これは別に脱却とかできない。つらいなと思いながらやっていくしかない。やっていくしかないなーと思った。

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 長くなってしまった。感想って難しいんだよな。でも一番書きたかったことは書いた。もう眠いので終わり。明けましておめでとうございます。