2月6日 食べ過ぎた

 2月6日日曜日。曇り。朝はなし。昼は豚の塩焼きとパフェ。夜はキーマカレー。最近かなりチートデイが頻繁に行われている気配がある。しかたない。

ぶあつい! うまい!

 今日は食糧とかコンタクト洗浄液とかを買い、夕方まで読書して過ごした。

 ここ最近、ひまがあれば本を読みたい的な流行性のアレがある。読んでたのは丸谷才一の『日本文学早わかり』というの。Kindleセールで講談社文芸文庫が安いときに、ミーハー丸出しで買ってみた本。丸谷才一といえば私にとって旧仮名遣いのなんかすごいらしい人でしかない。私は小説とかについては「友達が薦めてくれた」とか「なんだか流行っているらしい」とかそんな軽いノリで選び取ることが多く、一つ一つのつながりなんて考えてみたことない。しかし考えてみたい。だからなんか有名らしい文芸評論家の短い文によって日本文学を「早わかり」したいと思ったのであって、ミーハーなんだけど、そういうミーハーにもわかりやすい説明だった。詞華集を軸に文学史を語ってあり、朝廷のあり方の変容にともなって文学も変わっていったという。といっても政治史・経済史に結びつけるのではなく、とにかく文学作品の形式の変遷を辿っていくってのが、政治史とかの方が知ってる私にも結局わかりやすかった。こんなことなら安いときにもっと丸谷才一の本を買っておけばよかった。安くないと高いので困る。

 あとは徹子の部屋で草笛光子(あっけらかんとして冷たい)・岸惠子(ぬるっとした感情を隠しきれない)の凄みのある回を見て、大河ドラマ(富士川の戦いに頼朝が負けて宗時が死んだ)を見て、今。

2月5日 尊敬学

 2月5日土曜日。曇り。なんか昨日より寒い。朝は昨日のスープ。昼はうまかっちゃんと茹で卵。夜は米と中華スープ(ムネ肉・わかめ・ネギ)と焼きキャベツ。バター醤油。

焼きキャベツ

 焼きキャベツはバター醤油でおいしい雰囲気になったけど、芯がうまく焼けていなかった。居酒屋でおいしい焼きキャベツが当たり前に出されることに感謝しようと思った。

 今日も何もない。

 そういえば三島由紀夫の『反貞女大学』を読み終わった。雑なことをサラサラ言われるとおもしろく思ってしまうのはやめられない。本の前半は女について雑なことを言い、後半は男について雑なことを言っている。いや無いわっていうのとそれはそうかもってのが混ざっていて楽しい。私はやっぱり前半の方がおもしろかった。特に第十三講の「尊敬学」。以下引用。

‪ ⋯知的女性は、やたらむしょうに「先生」をほしがりはじめるのです。有益な「先生」のお話を聞きたがったり、えらい「先生」のお弟子になったりしたがる。

 こんなわけで、性的魅力の一トかけらもない、しょぼくれた先生方が、講演会めぐりに忙殺されたり、美しい女弟子たちに囲まれたりする。こんな先生方は、男としての動物の美しさをみじんも持っていないだけに、かえって、女性たちを安心させ、尊敬の対象として選ばれることになる。それをまちがえて、自分が女にもてるとがんこに信じている先生方は数多い。

三島由紀夫『反貞女大学』ちくま文庫、1994年

 「知的女性」かどうかはさておき、私も最近まで自分が知りたいことについては何でも「先生」を欲していたし、それにたとえば歳上の同僚に対して「先生」的ふるまいを求めるところがあった。どちらも私の「ちがうなら教えてほしい」「”道”を知りたい」という強い気持ちから来ていたと思う。

 しかしこの引用部分を読んでると、(やっぱり性別は関係なくないか?とも思えてくるけど、)私には人と関わるとき相手を尊敬していたいというのも強くある気がしてきた。関わる相手のことを「あなたはすごい」って思ってたい。

 だからって私は基本的に人のことを褒めすぎかもしれない。ムリヤリ「褒め」を見出してるわけじゃなくて本当にそう思って言ってるけど、そういうのって自他への態度を自ずから決めていってるんだろう。なんか気をつけてみようと思った。

2月4日 何もない

 2月4日金曜日。晴れ。白っぽい晴れだった。もう春が本当に来てしまう感じがする。朝は茹で卵とバナナ。昼は台湾まぜそば(冷食)。夜はスープ(ムネ肉・キャベツ・人参)。昨日は夜に炭水化物をかなり摂ったので反動が来て、今は食べた直後なのに空腹に耐えながら書いている。

飾り切り1回目。飾り切りをできる人間に私はなる。

 やることをやる日。昨日放埒に過ごしたのでやることをやる気分になったし、昨日は眠くて気合いなしに寝つけたから目覚めがスッキリしてたのでいい感じにやることをやった。

 今日は何もない。

 ロシアがウクライナ国境周辺に兵隊を集めてるの緊張する。ざっくり言って、ロシアはウクライナにNATOの方に行ってほしくないらしい。それでもNATOに行きたがるウクライナにアメリカは協力する姿勢らしい。私は詳しくないので新聞を読んで雰囲気で不安になっているけど、普段は冷静な感じの専門家の人たちもヤベーと言ってる感がある。

 冷戦っぽいなーと思ったけど、ウクライナとロシアであれば片方は代理じゃなくて直。それにしても大変なことだな。やだなー緊張。私はすぐ極論に走るから、こういうときに平和をめざして動けないのを見るたびに(安保理って意味ね〜)と思ってしまうけど、安保理がなくなって建前上でも強い国と弱い国が理念を共有できないってことになったら、大国が大解放されて大戦争時代になるんだろうな。

 だるすぎ。戦争もやむを得ないとか言って気持ちよがる人は火星とかでやってほしい。火星もだめか。

2月3日 休む日

 2月3日木曜日。今日は雲ひとつない青空だったから、晴れで間違いない。朝は茹で卵2個。昼はマック。夜は冷凍の家系ラーメンとネギトロ巻き(節分を意識)。今日の食事は夜につれてかなり正しくなくなるけど、そういうことをやりたかったのでよかった。

 冷凍家系ラーメンは鍋でやらないとダメで、その手間の割にはおいしくなかった。そもそも私が家系ラーメンが好きじゃないという問題もあるし。まあこういう挑戦は休みの日にしかできない(平日に勉強に疲れたのにご飯が明らかに不味かったら落ち込む)からやってよかった。

 別にどこで休んでもいいんだけど水か木と日曜に休むことにしている。土日に連続して休むよりは、情勢に鑑みて人混みとかの少なさそうな平日に1日ほしいと思っているから。

 今日は耳鼻科に行き、本屋に行き、献血に行き、カラオケに行ってきた。

 耳鼻科はあっさりしたお医者で人気で並ぶけど診察はすぐ終わった。鼻を少し見て「うん、花粉症ね じゃあ2ヶ月出しとくね」というノリ。ありがたい。

 本屋では、予め買う本が決まってなかったから一冊一冊のタイトルを見て決めて、楽しく疲れた。みんな言うけど、本屋にある知識は一生かけても獲得できなくて、それがいい。三島由紀夫が、知的な活動は抵抗があるから良い、的なことを言っていて、それです。

 献血はなんか空いてそうだからフラッと入った。ボランティアも行けなかったしなんか貢献しとくか社会に、っていう気になったのだ。元気な看護師の人が担当になった。いきなり「今日は全血が多いのよ〜」と言われて、知らないけど400ml抜くことを「全血」と言うのだろうなと思った。その後は恵方巻きへの行列の話をまくし立てていて、私がどんなふうに相槌を打ったところで、彼女のしゃべりには関係なさそうだった。なんか圧倒されてるうちに血が抜かれて終わった。

 カラオケはなんか行った。もはや惰性で、部屋に入った瞬間に献血直後だけど大丈夫かと思った。まあ適当に過ごしたけど、烏龍茶がおいしく感じて、血を抜いたんだなとわかった。

 あとは本読んでご飯食べて日記。

 2020年2月3日はメスリ山古墳の円筒埴輪のことをベタ褒めしていて、2021年2月3日はルイス・コールのことを思い出していた。

 今日はなんか疲れたので終わり。

2月2日 何もない

 2月2日水曜日。晴れ。昼時に部屋に日が射したら「晴れ」とみなしてるので信憑性に欠ける。毎日晴れすぎて不安になってきた。にしても春っぽい気配がする。今度こそは。

 2022年2月2日。2222年2月2日も生きていたかったな。生きていても「2222年2月2日だ〜」ってツイートするだけだけど。

 朝はなし。昼は坦々麺(冷凍)。夜はスパイスカレー。去年の梅雨どきぐらいに袋買いしてたスパイスたちがようやく開封された。モモ肉じゃなくてムネ肉だったけど美味しかった。

 今日も何もない。

 最近「時間」そのものについて知りたくて、坂本慎太郎が「時間」で歌ってる本って何やったんやろうと思っていたら、偶然Twitterで紹介してる人を見つけてびっくりした。その人いわく、楳図かずおの「ロウソク」という漫画にあるらしい。何かでかい収穫があるとは思いにくいけどとりあえず調べてみようと思う。

 なんか歴史が好きなら時間のことも一通りわかっておくべきだろっていう気がする。一通りわかっておこ、ぐらいのノリでわかっておけるもんじゃないだろうけど。まあ何やってみるにしてもレスバするよりはマシ。

 明日は休んで病院とかに行く。

2月1日 2月だ〜

 2月1日火曜日。晴れ。最近ずっと晴れているような。2月くるの早い。朝はなし。昼は昨日の鍋の残りと米。夜は米とコンソメスープ(キャベツ・人参・鶏ムネ・ブロッコリー)。昨日寝る直前に筋トレをしてみたら朝だるかった。夜ご飯の前ぐらいがちょうどいいんだろうな。

 今日もやることをやった。最近嫌なことを思い出しても(フン‪⋯また私の脳が快楽物質がほしくて傷つきたがっているな‪⋯)と思えるようになった。アーとか言わなくなり、目をカッと見開いたらそれで済む。成長ですわ。

 昼過ぎ買い物。一段階ヒラヒラのダウンにしたけど問題なかった。

 夜「バンクシーの正体とは?!」っていうドキュメンタリーを見てた。壁とかにグラフィティーアートをやっている人らしく、絵が高価で売れる人らしい。壁だったら公有・私有は問わない。だから自分ちの壁に描かれた人がそれを切り取って売ろうとするんだけど、そうするとその人に対して庶民から庶民として「庶民に鑑賞の機会を!」とか批判がなされて炎上するらしい。

 私は絵画鑑賞の技術がなくてバンクシーのすごさを読み取れないので良さがわからない。ステンシルって年賀状でやったわ〜程度の感想しかない。だから描かれたら私も絶対売ると思う。まあ社会を巻き込んだパフォーマンスが面白いってことなんだろうけど、炎上を使って知名度を上げること自体に嫌さを感じる。ある種私は古い人間なんだろうな。

 2020年の2月1日。自分の日記だったら何言ってもよくていい。近衛文麿の伝記を読んでいたらしい。

実際、戦争だぞってなったとき、地震のときにそうであるように、自分の知り合いの無事だけをまず考えてしまうと思う。彼らの無事が確認されてからようやく、赤の他人の無事を気にすることができると思う。自分の知り合いが無事でなかったら、無事であり続けることが難しそうと感じたら、ちょっとツイッターにそのまま書いたら炎上しそうだなと思うようなことを普通にやってしまうと思う。それどころか本当はダメなんだけどね、と言いながら触法するかもしれない。たぶんそういう行為に及んだら、どこかの誰かが困るのだというのは分かるんだろうけど、それでもやめられないだろう。そう思うと、やっぱりもう戦争だぞってなる前にどうにかするしかない。たとえ鬱陶しい感じになるとしても、ちょっとしたことじゃないかと言われてるとしても、政治のありようについてグジグジネチネチ言っていくべきなんだと思う。予算で何がなされているかとか、資料保存がちゃんとなされているのかとかって、なんか話題にするのはめんどくさいというか、職場の会議で議題に出されたりしたらつまんなくて自分の空想の時間にしてしまうと思うけど、それじゃだめなんだと思う。たとえば会議で、うわ、早く帰りたいのにこいつなんか主張しだしたぞ、という目を向けられるとしても、そこで踏ん張るのが大事なんだと思う。

 2年前の自分はかなり真っ直ぐに、正しければ聞いてもらえると信じていたし、職場への情熱がものすごかったな〜と感じる。職場への情熱と社会への情熱がつながっていた。今この日記を読んで「コイツ青臭いな〜」と切り捨てられるほど距離を取れてはないけど、でもそういう態度はうまくいきにくいからやめとけ、とは思う。

 あと、この頃にはもう、親密さは排他性なしに成り立たないというのを受け入れようとしているようで、私って思ったより変わってないなと思う。何というか速度が足りないな。

 まあでも今は人との関わり方ってかなりどうでもいい。心の底からどうでもいいと思う。脳の人間関係について考えるための部分が焼き切れている。

1月31日 なんか一言どうぞノート

 1月31日。晴れ。朝はゆで卵2個。昼はラーメン。夜はとり野菜味噌鍋。

 土日は、土曜に朝5時まで飲酒したので、それで漫然とした日曜日を過ごした。私はそれぐらいに漫然とした休日の方が好きで、本当はそういう日の日記をこそ書きたいけど、何といってもだるいのだから書きたくならない。アイスとかポテチとかを食べ漁り、ゲーム(NieR: Automata)をやりまくった。こういう日があってようやく自分の弱さに向き合う気力が湧く。

 今日はいつも通りやるべきことをやっていた。一つ、文章をうまくなりたいと思っている中で、思ったことを全部書いてみようという気分になり、2〜3時間ずっと書き続けてみた。書くべきまじめなタイトルに対して「カス」とか「オタク」とか使いながら書いたけど、そういう言葉遣いによってようやく自分の言いたいことが見えてきた。

眠すぎたとき崩し字になった

 何か意見を主張したいときって裏に何か不満足があり、その不満足さをもとに立場が明らかにできるんだな、というのを手でもってわかった感じがする。

 意見がペラくなるときって自分自身がそれの何に不満なのか明確にできてないからかもな〜と思った。普段「そんなの当たり前じゃないスか 笑」みたいなのを自分に向けて終わらせている。今はそういうの無しにしたい気分。

 あとは特にない。1月31日の日記は2020年にも2021年にもなかった。2020年、Macを買ったから使いたくて日記を一時期書いてたのが発見された。その当時はやっぱ紙ですわって思ってやめたんだと思うけど、今はWordPressに残すのがいちばん楽。

 旅行先とか店にある「なんか一言どうぞ」ノートを、書きはしないんだけどパラパラ見る、みたいな行為が好きで、ネット上でブログをめぐるのもそれと近い理由で好きだ。政治的つながりが動機ではなくて書きたいから書いているだけの色々。もっと増えたらいいのに。まあもうみんな書きたいことなんてないのかもね。

1月28日 タコピー

 1月28日。晴れ。外出せず。起きたらすぐ鼻をかむ。花粉かも。朝はゆで卵とスープ。昼はハンバーガー2個。夜は米と味噌汁。

 なんかやりたくなって11時ごろ筋トレをしたんだけど、そのせいで午後はしばらく眠かった。午後3時ぐらいにやるべきだった。

 筋トレをすると文章を作るぞという気分になれるんじゃないかと最近思っている。このブログのことではなく必要があって、私は文章を適切に書けるようにならないといけない。

 でも書けと言われたもんは基本的に書きたくない。だからやる気を出すために筋トレをやる。筋トレをやるとなぜか書きたくないものでも書くぞという勢いが出る。単なるゲン担ぎなのか、身体を疲労させて嫌がる気持ちを減らさせてるのか、うまく説明できないけど、勢いが出るなら何でも良い。

 あと今日はジャンプ+で連載されている『タコピーの原罪』の更新日だった。人気っぽい。漫画好きの友達から教えてもらって知った。タコピーというハッピー星人(ハッピー星人‪⋯)が、地球をフィールドワークするためにやってきて、小4のしずかちゃんという、学校ではいじめを家庭では虐待を受けて悲惨な生活をしている子供に出会う話。

 タコピーはちいさくてかわいい。いじめっ子からしずかちゃんが呼び出されると、まずは「仲直りしたいんだね!」と考える。無知ゆえに善性をむき出しにして、しずかちゃんの生活について知りたがる。みんながハッピーになれることを信じている。

 それを見て読者はタコピーやめとけやめとけって思うのか、こういうやつ近くにいるわ〜って思うのか、とにかく自分に向けられたり他者に向けたりする憎悪のことを思い出しながら読むんじゃないか。私は一時期LINEマンガで復讐ものを読みまくってたけど、あのときと近い感覚にもなった。

 でも違うのは、最近しずかちゃんは政治をやり出した。そのときから誰にも自己投影できなくなって、全部なんらかのメッセージのためのパーツに思えてきた。

 あるときタコピーが “うっかりミス” によって陰湿ないじめっ子を絶命させるんだけど、しずかちゃんはそれで目をキラキラさせて喜んだ。でもしずかちゃんはその処置について、当たり前に自分の手は汚さないようにする。

 彼女は自分のために協力してくれるタコピーと現場にたまたま居合わせた男の子が不安を感じているのを気づいた上で、不安をしゃべらせないようにしている。抑圧だ。一方で、彼らが自分のために協力してくれたらキラキラの笑顔で喜んでみせるのだ。それでメロメロにさせる。明らかに支配者として動き出している。

 でも目的が今のところ見えない。いじめっ子は死んだのに、なぜ支配を続けるんだろう。

 私は下衆であり、歴史のお話について、支配者的ふるまいをしている人がどんな愚かさをきっかけにして権力を失っていくのかという目線で面白がることが多い。目もあてられないとか言いながらめちゃくちゃ見るのだ。良いように言えば、歴史の教訓に学ぶのである。

 おすすめしてくれた人はいじめっ子の絶命以後つまらなくなったと言ってたけど、私はこんなに流行ってるマンガで、しずかちゃんのような人がこれからどうなるのかすごく気になる。これから楽しみ。

1月27日 休み

 1月27日。晴れ。風が強い。木曜日なのでオリジナル休日となっている。

 朝はゆで卵2個。食べたあとしばらくボーッとして、三島由紀夫の『反貞女大学』を少し読む。婦人科に行く。年明けすぐに不正出血が起こり、気になって雪が降った日に検査してもらっていたのだった。今日はその結果をもらいに行って、2時間ぐらい待って結果を聞いたら大丈夫だったっぽい。しかしワクチンは接種することにした。次回。いつか。その場で「今から打てますよ」と言われたけど、お腹が空きすぎててこれからまた2時間待たされることを思うとだめだった。

 昼は回転寿司。人が少なくてボックス席に通されてうれしい。5皿しか食べなかった。これぐらいでいいだろうという自制心が発揮されて、普段の半分ぐらいで済ませることができた。足るを知る者。

 そのあといつもの喫茶店。だらだら本を読んでいた。遅塚忠躬『フランス革命』。個別の事象についての説明自体はわかりやすいんだけど、語り口から、現代の私たちにも必要な考え方を提供しようとする意図みたいなものを感じるので、さっさと読み下せないんだなとわかった。いい歴史の本だ。

 喫茶店から出たところで、よいものを目撃した。道中でリクルートスーツの人が突然ハイヒールを脱いで2,3歩歩いたあと、やっぱりまた履き直してから歩いて行ったのだ。私は誰も挟まずすぐ後ろでその様子を見たので、そのときは天啓だと思った。今は東京についての漫画っぽく思っている。いずれにせよ私もがんばろ。

 今日は歩いてる中でいくら突風が吹いても、むしろ体が熱くなって興奮してバグっぽかった。

 夜はコンビニのサンドイッチ。持って帰ってトースターで焼く。焼いたらあったかくて嬉しいから。雪見だいふくも食べる。信玄餅のやつ。おいしいけど買い占めるとかのほどじゃないね。石村萬盛堂の方がおいしかった。しかしコラボ商品って元々それぞれの場所で生み出されてきた価値をお互いのために利用してるわけだから何というか貧しみを感じる。

 食べたあとノートの整理をした。1年使ってきたバインダーたちにようやくタイトルをつけた。ずっと不便だなと思いつつ何もしてこなかったんだけど、私はそういうことが結構ある。

覚える用ノート

 去年の日記コーナー。

10時に起きる。晴れてて暖かかった。パン1枚と玉子の汁の残り。作業30分ごとの休憩で流れる音楽は、清竜人の「プリーズリピートアフターミー」にした。ひねくれた大学生の頃を思い出してヒュンとする。全部間違えていたような気がしてくる。休憩なのに。30分ごとに休憩を設けるのいいけど、それでも3時間が限度だという気がする。確実に年をとっている。
昼は外出。日光を浴びたかったので。テイクアウトをしました。マクドナルドでハンバーガー3つ。たぶんマックも3つも家庭科の教科書に怒られる。ベランダで食べる。見下ろしたところにある家の高齢者のもとに、いつも来ている誠実そうな若者が今日も来ている。親戚というわけではなさそう。
夜は米と納豆とカブのふりかけと大根の皮のポン酢漬け。私は米をラップで包む作業がだるいので100均で買った丸いケースに米を突っ込んでそのまま冷凍して解凍してるんだけど、あれを適当に解凍すると中心だけ異様に熱くなる。何の必然なのか分からないから偶然ということにしてきたけど、火傷するのでどうにかしたい気がしてきた。
暇なのですぐ空想が広がってしまうため、あるときハッとして「もしやこれって人類補完計画ってこと…??!」と思った。もしやこれって人類補完計画ってことなのかな。嫌な大学生みたいになってきたけど止められなくなってきた。

 嫌なことを思い出して、老化を気にしながらハンバーガーを3つ食べ、よその来客を怪しみ、火傷して何かについて人類補完計画だと感じているだけの一日。この日のことは少し覚えている。今その家の周りは物干し竿のところまで長い草に覆われている。彼女たちの何がどうなったのかわからないけど。

1月26日 何もない

 1月26日。曇り。雪が降ると聞いたのに、朝外に出たらアスファルトが一部湿っているだけだった。雪だったのかどうかわからない。つまんね。朝は残りの米とビッグフランク。いきなりコンビニに用事ができたからついでに買った。ビッグフランクうまい。

 昼はうどん。キャベツとわかめの組み合わせは間違いだった。前も同じ失敗をやった気がする。

昼飯

 夜はとり野菜みその鍋。とり野菜みそは初めて食べた。おいしかったのでサイトを見たら東村アキコのPR漫画を発見し、水に溶かしてから沸かすといいらしいことを知った(袋にも書いてあったけど見てなかった)。あと「とり」は鶏じゃなくて野菜をとれるって意味らしい。それは無茶ではないでしょうか。

 1年前の今日の日記でも見るか。やたら長かったので夜ごはんの部分だけコピペ。

夜は米と玉子粥から米を抜いたみたいな海老の汁。カブの葉のふりかけをのせた。カブの葉のふりかけというものを自作した事実がかっこいいので、それだけで引き締まっているような気がする。

 このときの私はカブの葉のふりかけを自作した事実に酔いしれていた。去年は料理を無知なりにいろいろやってみてたな。最近は栄養管理の方に重心があってそういうノリがない。でも本物の栄養管理者は、毎日ムネ肉を茹でたものなんか食べないだろうな。私はムネ肉を繰り返す反動で定期的に海鮮丼を食べてしまう。いいのか悪いのかわからない。たぶん悪い。終わり。