小泉

 11月10日。晴れ。出かける気で起きる。朝はフルグラ(もうフルグラの季節終わってた)。昼ははなまるうどん(中サイズは多かった)。夜は米と味噌汁と納豆(小松菜と豆腐と生姜かなり良い)。

 喫茶店で4時間ぐらい過ごした。1杯目はクリスタル・マウンテン。2杯目はモカ・マタリ。4時間ずっと後ろが勧誘をしていたのでうるさかったけど、私は仕事をしていなくて、その人は仕事をしているのだから、途中からイヤホンをつけて軍歌を流し続けた。

 安保の本ようやく小泉政権のところまで来た。小泉政権が安保体制に関してそれまでの少しずつ押し引きしてきた歴史をぶちこわすようなことをしてるっぽくてすごい。個人的に私がニュースについて記憶があるのは2001年の9.11テロからなのでいっそう感慨深い。あのときは外国って一番アメリカが大事なんだと思っていた。今は中村哲さんのことが好きだけど。

 私が生まれた年代(私は92年生まれ)のことって「失われた10年」とか言われていて、当時は不況のことなんか理解できず、ぼんやり私は無くされた年代に生まれたんだなあと思って、子供の頃は厭世的だったし、なんかかっこいい気がしてた。

 でもその時期にいろいろなものが無くなっていたことで、私が物心ついた頃から今に至るまで、日本でも世界でも徳の低いことが起きてるんだな〜とか思ったりした。いや徳の低さといえば中世の方が、みたいな話は今よくて、自分本位に歴史を考えてみるってのを少しやっていきたい。

かに

 11月9日。雨のち曇り。低気圧の煽りを受けた。朝動けず。朝はコーンスープ。昼はラーメン。夜は外でマック。こう並べると早く死にそうな食事してる。塩ラーメンおいしかった。カニの気配はしたような気がする。エビ乗せてしまったけど。食べ終わった瞬間に喉がカラカラになったのが面白かった。

 朝動けなかっただけじゃなく昼もYouTubeとかだらだら見てる時間があった。芸人の「うちらお互いクズじゃないですか笑」っていうコミュニケーションを見てると今日はホッとした。実際の私にそういうのを求められたら嫌なんだけど。でも二人の関係の親密さを信じることは大事なんだろうなと思う。私には難しい。

 ボランティア行ってきた。よそ用の愛想笑いとかをやれる機会があるのありがたいと思う。

 今日から夜ごはん食べたあとは安保とかじゃなく柔らかめの本を読むことにする。

 追記:紙を再発掘したので描いた。スキャナとかあった方がいいんだろうな。

Hunnybee

 11月8日。晴れ。朝はなし。昼は海鮮丼。夜は米とピーマンの塩昆布和えと大根の味噌汁。ピーマンのこれ、家庭科の教科書に載ってそうで好き。あとカブばかり褒めているが大根もいい味出している。匂いは少ないけど汁全体に大根なりの存在感がある。

 昨日の夜、久しぶりに音楽をアルバム通して聴いた。急に元気をなくしてしまったのでどうしようか、というときにそうして良かったと思う。聴いたのは Unknown Mortal Orchestra の『II』という2013年のアルバム。

 たぶん数年前に Hunnybee という曲が気に入ってそこから知った人たち。Hunnybee はボーカルの娘である Hunnybee に対して世界について語りかける歌。3000万回再生されてるし一番有名なんじゃないか。 “Age of paranoia” などという歌詞が淡々と流される。

 『II』というアルバムもスゲー盛り上がる曲というのは無く、展開が少なくて単調でつまらないといえばつまらない。でもトゲついた心がのっぺり均されていく感じがして良いんです。あとPVがかわいい割に、歌詞を読んでみたら悲しいことを歌ってるってことが多い。その差がまた悲しみとの向き合い方を静かにしてくれる感じもする。

 「悲しみともっと戦え、実存と向き合え!」という意見もありうるけど、大してそういう能力のない私がそれに挑んでも面白くないんだよな。できることをやろうとかいう結論にだいたいなるから、つまんないなとまた嫌になる。

 今日は安保の本を読み、催告状が来た年金を払い、ちょっと散歩して終わり。安保の本、知らない言葉が多すぎていつの間にか目が止まってることが多い。独学大全を読み直して元気を出して再開。まあ良し。

カブ

 11月7日。晴れ。朝はなし。昼は外でカレー。夜は米とカブのスープと納豆。カブうまい。久しぶりに大きいスーパーに行って楽しかった。冷凍エビを買えてうれしい。味噌を忘れた。

 2021年は使ったことない野菜を使う流れがあったんだけど心がだいぶ保守的になってしまい、今日はカボチャだけ買ってきた。昔からカボチャを切るとき私なら指を絶対切るだろうっていう気持ちがあったけど、そんなはずないと思えたため。

 美味しんぼを久しぶりに見て里帰りした気分になる。里とかないんだけど里だった。懐かしい声と展開。「思い出のメニュー」(犯罪歴のあるドイツ料理人がソーセージをきっかけに山岡と会ってかつての恋人と寄りを戻す)と「海のマツタケご飯」(記憶を喪失した男がトコブシの炊き込みご飯で記憶を取り戻す)の回。

 美味しんぼにさんざん時間を溶かしてきたので、2話でやめることができた。美味しんぼ中毒者の会があったら少し面白そう。

赤坂見附

 きのう赤坂見附に行ってきた。前回の大森に引き続いて、降りたことないところで降りる。赤坂では東京03のライブを見るために降りたことがあるけど見附にはない。見附っていうのは江戸城の護衛のために悪いやつを見つける場所だったということらしい(ざっくり)。13時〜17時ごろに行った。

 以下行った順。

 弁慶堀。寛永年間(1624~44)に弁慶小左衛門という人が開削したから弁慶堀。地下鉄のCかDの出口から出たら最初にこの弁慶堀が見える。ミドリムシみたいな形の堀で、釣りをしてる人や小舟に乗っている人がいた。これがよかった。駅から出た瞬間にこの光景が見えると、別の場所に来た感じがしてうれしかった。

 次に大久保公哀悼碑。大久保利通は西郷隆盛と仲良しだったけど立場の違いでうまく行かなくなり、西郷が西南戦争で死んだあと恨まれて殺されたことで有名(ざっくり)。石碑は清水谷公園にあり、いろんな人がベンチでだべっていた。公園は植物が多くて、虫もそれに合わせてたくさんいた。なんかこのあたりの公園としては意外な感じだった。

でいご
でかかった

 石碑を見てたら優しそうな高齢男性に話しかけられ、この辺りで大久保が殺された話を教えてくれた。知ってるから来たのだが‪⋯とか思ったけど、怒らなければ、という気分にならず、知ってる感じは出しながらも、ヘラヘラ聞いた。

 気が済んだっぽく黙り込まれたところで立ち去ったんだけど、去る際に入れ違いで、綺麗なスーツを着た恰幅のよい政治家っぽい人とお付きの二人が、哀悼碑の方に向かっていった。大久保利通に思い入れがある人っていっぱいいるんだな。

 紀尾井坂。大久保利通がまさに殺された場所。けっこう急。いま検索したら紀尾井坂のプロフィールが出てきた。このプロフィールによると緩やからしい。

上り
下り

 赤坂離宮の周り。赤坂離宮の中には予約なしで行ってみたけど混んでたので断念。しかし周りは周りで、太くてでかい木と紅葉が綺麗だったので歩いてよかった。1周3.3km。護衛官が一定間隔で立っていて、でかい棒を持っているけど、挨拶してくれたりして丁寧だった。

 途中で、お上品な高齢女性に話しかけられ、「向こうに大声を出して怒鳴ってくる人がいるの」「私びっくりしちゃったからあなたも気をつけて」と教えてくれた。なんて親切なんだと感動してたら、その後見つけたのは天皇制反対を叫んでる男性だった。

 確かに怒鳴ってくる感じはあったけど、私の住む辺りだとこういう人はまあ見かけるなあと思った。何にせよあの女性は親切だったんだけど、区切れを感じもした。

正門

 旧大日本帝国陸軍第1師団司令部跡。第1師団は2・26事件を起こした中心人物たちがいたとこであり、レイテ島を戦った人たちがいたとこ。こう言うと仰々しいけど今は普通に公園だしそういう石碑もない。少し疲れたので休んだ。地面が平らでなくゴツゴツしていてうれしかった。公園で何言ってんだって感じだけど、整備されてないものに安心を感じる日だった。

 高橋是清翁記念公園。高橋是清はさっきの2・26事件で殺された人。さっきの公園から徒歩10分だし、大義を掲げたわりにやってることショボいなと思った。公園は緑が多くて虫も多いんだけど静かでよかった。この辺りの公園いい。

盛り土もしてあってかなり高いとこにいた

 途中で見かけたもの。人いなくて歩いてるの気分よかった。

半地下
坂が急に上がるの好き
広いのに使えない駐車場

 乃木神社。乃木希典が明治天皇が崩御したのに合わせて自刃した自宅の隣にある。乃木希典が自刃したことで幽霊坂だったのが乃木坂になったらしい。幽霊坂がよかった。結婚式をやってたようで、雅楽の越天楽今様が流れてきてお得だった。立ち止まって聴きながらもう疲れたなと思った。

若者が多かった

 でかい鳥。帰る。

 前回より長く居たので長くなってしまった。大森に比べて前から関心のあったところも多かったし。そのぶん自分の関心に即しすぎていてぶらつき感が足りなかった気もする。

『東京都の歴史散歩 中 山手』p.218より(山川出版社、2005年)

 終わり。

 11月5日。晴れ。朝はなし。昼は冷凍つけ麺。夜は米と納豆とスープ。取り戻してきた。こういう元気のない時に自動的に汁が作れるようになってよかった。萎びたキャベツを使ったけどまだ腹こわしてない。

 安保の本を読んでる。昭和天皇の政治的介入がけっこうあったらしくてびっくりする。1970年代とか、日本国憲法ができた後のことなのに。戦後の天皇がアメリカ(ベトナム戦争を行っているところのアメリカ)に訪れて日本への優しさに謝意を表明とかしてたらしい。天皇って、平成生まれの私にはぼんやりリベラルっぽい印象があるけど、日本史の流れを踏まえると普通にそんなはずないんだよな。

 去年『三島由紀夫VS東大全共闘』っていうドキュメンタリ映画をみて甚く感動したので、“あいまいな日本国” のことを日常で気にするようになってしまった。やばいかもしれない。でも今回比例では立民にも共産にも入れなかったし、そういう自分の政治的立場をどうにか説明できるようにしたい。

 年金の催告状が来てびっくりした。黄色い封筒。誕生月なのだから、優しくしてほしい。

味玉

 11月4日。晴れ。朝はなし。昼は海鮮丼。夜は米と味噌汁と目玉焼き。久しぶりに料理した。自動的に作れるものでしかないけど。野菜室の野菜がほとんど萎びつつあった。

 今日のことじゃないけど選挙のときに食べたラーメンの写真。味玉にクマさんの型をつけているのがすごくキモかった。以前、人参の中身に三角形の小さな空洞ができてた(時間が経つと空洞できるらしい)のがキモすぎて寒気したことがあったけど、それと同じ感覚になった。

 食べ物ってだいたい人間によって変形させられているのに、こういう模様だけ異常に気持ち悪く感じるのはなんでなんだろう。自分が生き物のあるべき姿みたいなのを無意識下で求めているのだとしたらそれも気持ち悪い。ということが今日は気になった。

 11月3日。文化の日。晴れ。14時に起きた。朝はなし。昼もなし。夜パン2つ。食欲ないけど昨日よりは元気。起きたら出かけた。晴れてるのが嫌だった。喫茶店。いつも行く喫茶店が満席。あんま行かない喫茶店。壁が五角形で、その一辺の横に座る。若者たちが馬鹿笑いしてるのがうるさいけど、こないだ家で久しぶりの友人に会った私もそうだった。あまりにも楽しすぎて「そんなに笑う感じじゃなかったよね」と言われた。2年に亘るコロナ禍における生活に慣れていたのに、10年来の友人たちに会って、生活が忍耐によって成り立っていたと強く意味付けられてしまった。読書のち帰宅のちパン。終わり。

かむかむレモン

 11月2日。晴れ。ぬるい日。目覚めた直後に昨日またお祈りメールが来たことをまず思い出し落ち込む。そこそこ準備したのに。ということは、時間をこんなにもかけて、私にはこの職が向いていないという事実がわかっただけなのか。的なゾーンにガクッと入り込んでしまい、天気がよくてよい日差しも入ってきたのに今日はだめだった。

 朝はなし。昼はパン。夜は海鮮丼。自炊したかったのにしなかった。おやつとしてかむかむレモンを食べ、大好きなかむかむレモンですらなんか不味い気がする。うますっぱくなかった。

 今日は夜までずっと落ち込んでいた。自己批判する。昨日は選挙に関して自分が入れた政党も含めて思ったことを書いた。それでもってそれなりに私のポジションが明確になったから、それについての否定から始まった。床屋政談に過ぎないとかそういうので。やっぱり自分が表明することの自分への影響ってものすごい。

 昔『ブログを続けるコツは誰にも話を聞いてもらえない状態を作ること』ってのをTwitterで見て面白かった。ほんとそうだと思う。

 私は普段からなんでも話したいことを人に話すというよりは、会話の相手と話したいことを選びがちなので(それで国と死の話になるのか…)、支持政党の話とかって人に話してほしいと思わないから、話題として選ばない。だからそういうことを書き直しながら書くのは、社会にとって価値がないとはいえ、それなりに良い体験だったと思う。自分が何を分かってないのか分かるし。

 夜にはボランティアに行った。ボランティアの予定があって本当に助かったと思う。体を動かすことができるし、優しい人たちと健康な感じで関わることができる。

 ボランティアから帰るとき、安い骨伝導イヤホンから「未来は俺等の手の中」が流れてきて、気温も少し下がっていて電車とか自動車の車輪がすべる音と混ざり合っていたし、実に未来は俺等の手の中であることだなあ…という気分になってきた。

 すぐ帰れるのにしばらく散歩して帰ってきた。だから今は少し元気。落ち込んだときに自己批判するのであれば、いきなり外に出かけよう。冬になるのだし。

11月

 11月1日。曇り。いい気温。これから雨が降るらしい。東京の感染者数9人らしい。朝はなし。昼はハンバーガー。夜はなし。録画してた選挙特番を引き続き見てたのであんまり食事を何とかしようという気がなかった。

 土曜は部屋をきれいにして友達4人と先日買ったジンを囲んでしゃべり、日曜は眠ったあと選挙に行って選挙特番をダラダラ見ていた。

 以下選挙とSNSの話をしたい。

 選挙は、私のいる選挙区では負け確だなと思いながら白票はやめとくために立憲に入れて(負けてた)、比例では特に教育分野のことで国民に入れた。国民は思ってたより票を伸ばしたらしいけど「民主党」と書く人の按分によるという話もある(開票作業した人の一実感がどれだけ信頼性があるのか疑問もある)。全体の結果は与党が爆勝ちというわけではないけど小選挙区で野党共闘した政党は負けたというところだと思う。

 各メディアの事前予想が多く外れてたこともあり、知り合いの左派っぽい人達が失望している印象がある。私も左派だと自認してるけど、現都知事が爆勝ちしたときのトラウマから覚悟していたし、立憲・共産のSNS戦略がかなりうまく行かなそうだと感じてたので、そこまでショックはない。了解‪ッという感じ。

 こういう態度って逆張りって言われるかもしれないけど、もはや逆張りでもいい。私は今はとにかく勉強するのと、周囲の人たちとうわべではない会話ができるような自分の態度を作っていくのが大事だと思っている。

 人に話を聞いてもらうのは難しい。Twitterで自分の価値観を「説く」行為が気軽に繰り返されることで、今回はフィルターバブル的なことが前よりも起こって、ますます分断が深まっただけになったんじゃないだろうか。

 私はかつての仕事で、浅く短い経験しかないけれども、自分と違う意見の人や無関心の人に「話を聞いてもいいかもな」と思ってもらわないといけなかった。そのとき感じたのは、長い時間をかけたパフォーマンスや相手との関係性の構築が必要で、しかもその過程で相手から見下されていると思われたら一瞬で距離を取られてしまうので、自分でもうっとうしくなるぐらいの粘り強さがないと厳しいということだった。私はSNS上の政治運動にはそういう前提を感じ取れなかったし、心理的距離を取られる機会の方が多そうに見えた。つまり根が生えそうじゃなかった。

 しかしこの話だって「共有したいだけで/思ったことを言っただけで説いてなどいない」とイラつかれるかもしれないし、さっきからの話を踏まえるとただ距離を取られるだけなのかもしれない。そもそも人によっては国民民主党に入れるやつの意見など聴くに値しないのかもしれない。

 目の前にその人がいなければ、私の発言が受け入れられていない様子に気づけないし、何で受け入れられないのかが分からない。そんな悪条件下で「空回ってもがんばってみせる」という態度が有効だとは思えない。意見すること自体がダメなわけじゃなく、それが戦略として正しいとは思えない。

 少し冷静になると、とにかくSNSでの政治の話をする営みには歴史がないだけで、今は何事も積み重ねる段階なのだろうか。だとしたらこれから積み重ねるにあたって、気に入らない人のむかつく意見を見ない・言わせないようにしない土壌がどうにか生まれるといいなと思う。